執筆:八束さん
ふと気づいたら二月十三日だった。そうか、明日はバレンタインデーだ。
バレンタインを意識するなんて何年ぶりだろう。いつも行くスーパーにはチョコレートの特設コーナーが設けられ、テレビCMも増える。それなのにどこかぼんやりと、遠い世界の出来事みたいだ。結婚してから、いや、学生時代もさほど盛り上がってはいなかった気がする。
ヤヨイの通っていた学校は女子校だったし、今のように友チョコといったものも流行ってはいなかった。仮に共学だったとしてもヤヨイはきっと、好きなひとにチョコを渡すなんてことは出来なかっただろう。
友チョコ。
ふと思い立ち、台所に向かう。
チョコレートを湯煎で溶かしていると、とたとた、と刹那がやって来た。
「おかあさん、なにしてるの」
「チョコレートを作ってるの。明日はバレンタインだから」
「チョコレート、つくってる? こわしてるんじゃなくて?」
甘い香りが立ちこめる。
「壊して……そうね、でもここからまた新しいチョコレートを作るのよ。世界にたったひとつしかない」
「ばれんたいんって、なに?」
「女の子から男の子に、好きです、って伝える日。でもそれだけじゃなくて、大切なひとに思いを伝える日でもあるわね」
「たいせつなひと。おかあさんのたいせつなひとは、おとうさん?」
「そうねえ。お父さん職場で義理チョコも貰えなさそうだから。可哀想だもんね」
「ぼくもつくる」
「いいわよ、一緒に作りましょう。お母さんのチョコは刹那にあげるから、刹那が作ったチョコはお母さんに頂戴ね」
「うん!」
どろどろに溶けたチョコ。刹那が一生懸命かき混ぜている。もうそれ以上やらなくても大丈夫なのだけど、子どもには『自分でやった』という達成感が必要だから。いやむしろ、ヤヨイ自身が、艶めくチョコレートの光沢に目を奪われていた。ずっとこのまま見ていたい。固まらせたくない。魅入ってしまう。どろどろに溶けて……
溶けてそのまま、なくなってしまいたい。
「あっ、ナオコさ……っ」
「人肌で溶けるってやらしい食べ物よね」
口の中がべたべたと甘い。口移しでチョコを分け合ったからだ。ヤヨイの唇はきっとひどくよごれてしまっている。それなのにナオコさんの唇はルージュの艶がまだ綺麗に残っている。
「誰を思いながら作ったの?」
「そんなの……んっ」
スカートをまくし上げ、当然のように下着の中に滑り込んでくるナオコさんの手。膣の中に指を入れられ、かき混ぜられる。ゆっくり。一回、二回。チョコをかき混ぜるみたいに。
「ナオコさんっ、溶ける……溶けちゃう……っ」
指の動きがじれったくて、自分から腰を回してしまう。ナオコさんがくすりと笑って指を引き抜く。チョコなんかより甘くて熱いものが、ナオコさんの指に絡みついているのが見える。その指がヤヨイの口元に近づいてくる。反射的に、儀式のようにそれを舐める。やっぱり思っていたとおりの味がする。
スカートがぱさりと落ちる。キャミの上からブラのホックを外される。ラッピングのリボンを外すみたいに。
今日はナオコさんの口の中でどろどろに溶ける日。