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濁流

執筆:八束さん

 

 

 


 一体何度、見せつけられなくてはならないのだろう。
 でも不思議と、前ほどの怒りも焦燥感も、喪失感もない。
 いつ終わるのか、乗り込んだ方がよいのか待った方がよいのか。ただそのことに悩んで、ドアの前で立ち止まっている。仕事で来ている以上、引き返すという選択肢はない。
 そんなシバの躊躇いを見透かすように、中から声がした。
「ああ、シバさん?」
 確か尚登、といった。ヤヒロとどういう関係なのか知らないが、まあ、ただならぬ関係だということはわかる。こんなことをしているのだから。
 オフィスチェアに座ったままの尚登が、顔だけこちらに向ける。尚登の膝の上で、全裸のヤヒロが、いわゆる背面座位の格好で喘いでいる。およそ医務室には似つかわしくない光景だ。
「いつ終わりますか」
 あえて冷静に訊ねる。
「アポイントの時間はもう過ぎているんですけど」
「じゃあ丁度よかった。あなたが来る時間にあわせてぴったり仕上げることができたみたいだ。ほら、見てくださいよ」
 椅子をくるりと回転させて、こちらに見せつけてくる。そり返ったヤヒロのペニスから零れる液体が、腹をべったりよごしている。
「手がふたつしかないのが困りものですよね。本当はお口も乳首もおちんちんもぜーんぶ一緒に可愛がってあげたいんですけどねえ」
 そして、一番大事なところはもう既に自分が可愛がっている、と見せつけるように、腰を揺らしてみせる。その瞬間、結合した部分から、ナカに放たれたであろう液体がとろとろと零れてきたのが見えた。嫌なものを見てしまった。
「おちんちん」
 とろけきった、というより、むしろ虚ろな表情でヤヒロが呟く。そのヤヒロの耳元で、尚登が囁く。
「可愛がってほしい? ほら、『オトモダチ』に可愛がってもらおうか」
 自分は何も知らないが、おそらく彼は全部知っているのだろう。自分とヤヒロがどのような関係だったか。
「うん、可愛がってほしい」
「じゃあお願いしないと」
「ヤヒロのおちんちん可愛がって」
「どうやって可愛がってほしい?」
 はしたなくひろげられた脚。その鼠径部を、尚登は思わせぶりに撫でている。
「手で可愛がってほしい? それともお口?」
「口……お口がいい。いっぱい、舐めてほしい」
「そうだね。熱いお口でいっぱい舐めて、しゃぶって、じゅるじゅるって吸われるの好きだもんね。じゃあ自分がしてほしいように、やってみせてあげて」
 尚登の人差し指と中指が唇に添えられると、ヤヒロはためらいなく口をあけて、それをしゃぶってみせた。
「ほら、こんなに頑張ってオネダリしてるんだから。オトモダチだったら応えてあげるべきなんじゃないですか?」
 間違っている。
 こんなことをするのが『トモダチ』なんかじゃない。昔、嫌というほど味わわされたはずだ。けれど、
「あなたがイクミくんを連れていっちゃったから。ヤヒロさん、ひとりぼっちになっちゃったんですよ」
 卑怯だ。こんなときにイクミくんの名前を出すなんて。
 そして気づく。もし彼の言うとおりにしなかったら、イクミくんに危害が及ぶのではないか。島から出たとはいえ、施設の監視から完全に逃れられたわけじゃない。何かあればすぐ連れ戻されてしまうだろう。いや、連れ戻されるくらいですめばいい。下手をすれば……
 覚悟を決めて、ヤヒロの足元に跪く。
 大丈夫だ。
 昔とは違う。これは自分の欲を満たすための行為じゃない。ヤヒロのためにすることなんだから。
 口に咥えるなり、ヤヒロは太ももを痙攣させて仰け反った。
 加減がわからなかったので、ゆっくりとしゃぶり上げる。途端に、溢れる液体の量が多くなる。焦らすつもりはなかったので、竿を手で扱きながら、先端を吸い上げようとしたそのとき、またひときわ大きく、ヤヒロが戦慄いた。一旦口を離して様子を窺うと、口に咥えさせているのとは反対の手で、尚登がヤヒロの乳首を、ピアスごと摘まみ上げている。
 ピアス。やはりあのときと何も変わっていない。心も身体も、ヤヒロは『何か』に縛られたままなのだ。
 くにくにと擦っていたかと思えば、戯れに弾いてみたり。ヤヒロがどうすれば悦ぶのか、よくわかっている手つきだと思う。
「ヤヒロは乳首弄られるのも好きだもんね」
「うん、好き、好き……っ」
「こっち側も弄ってほしい?」
「うん」
「本当にヤヒロは、快感に弱いのに貪欲なんだから。残念ながら俺は手が塞がってるからね。そんなに欲張ると快感が苦痛になっちゃうと思うけど。それでもいいならシバさんにお願いしてごらん?」
「シバさ……ん、弄って。こ、っちも、乳首、弄ってぇ……
 身をくねらせながらヤヒロがねだる。視線は合っているけれど、肝心なものは合っていない、そんな目つきだ。確信する。これはヤヒロ、じゃない。昔、「シバくん」と言いながらねだってきたときと一緒だ。
 一刻も早く楽にしてやりたくて、さわる前からもう既に尖っている乳首に手を伸ばす。
「はは、よかったねえ、これで気持ちいいところ全部、可愛がってもらえたね」
 うう、うう、と呻くヤヒロの口から、涎がだらだらと垂れ落ちている。それをすくい取って、尚登は乳首を弄ってやっている。ふとした瞬間に尚登と動きがシンクロしてしまうのが気恥ずかしかったので、再び顔を埋めてフェラを再開する。
「どう? ヤヒロ。左と右、どっちの乳首の方が気持ちいい?」
「んっあっ、わ、かんな、あああっ」
 答えは聞けないような気がしたけれど、負けてしまうのは嫌で、知らず知らず強く引っ張り上げていた。
「あーあ、シバさんに弄られた方、真っ赤になっちゃったね。俺はそんなに乱暴なことはしないよ。優しくしてあげるからね」
 尚登は乳輪を親指と中指で挟むようにして、人差し指でてっぺんをカリカリと掻いている。一見優しそうに見えるけど、刺激はむしろ強いだろう。
「あっ、あーっ、駄目っ、駄目イっちゃう、もう駄目……っ!」
「いいよ、気持ちいいとこ全部可愛がられてイっちゃうとこ見せて」
「やっ、んっ、ああっ、あああーっ!」
 椅子のスプリングがギシギシと鳴る。
 尚登が耳を舐めたのがとどめになったらしい。びゅくびゅく、と白い液体が溢れ出す。タイミングをずらされてしまったせいで、顔を少し、よごされた。
「ふっ、あっ、あん……っ」
 流石に飲むことはできなかった。
 受け止めきれなかった液体がパタパタと床に落ちるのを、呆然と眺めてしまった。

 ヤヒロを抱え起こそうとしたが、尚登にひょいと奪われてしまった。
 尚登によって簡易ベッドに運ばれていくヤヒロを、ただ、見ているしかできない。
「シバさんって不能なんですか」
「なっ」
「処理していっていいですよ、って言おうと思ったんですけど。どうやら勃ってないみたいだ」
「俺はヤヒロを早く楽にしてあげたかっただけですから。あんな状況で興奮する方がどうかしてます」
 ずいぶんと昔のことを棚に上げているな、と自嘲する。でもいいじゃないか。あの頃から自分は、変わったということなのだから。
「それにさっきのヤヒロは、ヤヒロじゃなかった。ヤヒロはいつも『ああ』なんですか」
「可愛いですよね」
 尚登は得体の知れない笑みを浮かべてみせた。はぐらかしているようにも、逆に何も知らないのを悟られまいとしているようにも見えた。
「ヤヒロさんはね、セックスしてるときしか幸せになれないんですよ」
 それは違う、と心中で反論する。でも反論できる確固たる材料は何もなく、一方ではああやっぱり、と思っている。それが一番、納得がいく。昔からずっと積み残していた疑問に、ようやく答えを見出せたような。
「だから決して拒まない。誰からの誘いも、最終的には受け入れる。けれど誰とも繋がれない。ヤヒロさんは、ここにはいないあるひととセックスしてるんです。だから俺も、あなたも、誰も、本当の意味でヤヒロさんとセックスしたひとなんていないんですよ。ひとりを除いて」
 それは誰か、と訊こうと思って、やめた。
 ヤヒロには暴かれたくないことかもしれない。
 ヤヒロの髪を梳いている尚登のまなざしは、優しかった。おそらく、ヤヒロを思いやる気持ちに偽りはないのだろう。でも根本的に、彼にヤヒロを救う力はないのだ、と直感する。
 歪んでいる。
 その歪みが自分の足元に及ぶ前に、立ち去らなければならないと思った。
 もう、守るべきものができてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 


Thanks for reading.

 

今回尚登さんヤヒロさん+シバさんの3Pが見たい!と私七賀が騒いでおりまして、勢いのまま3人を描きました。八束さんが素敵に仕上げてくださったので是非ご覧ください!

着彩;八束さん。力強くも温かみある塗りが素敵です。ピアスがもうハートにぐさぐさ来ます。不穏な空気だけどもしっかり力を入れてるエロス!そして右は皆イケメンに見える…!本当にありがとうございます!泣