執筆:八束さん
「ヤヒロさん、プレゼントです」
と、尚登が差し出してきたのは、苺のパック。しかし量は半分ほどしかない。
「何ですかこれ」
「苺ですけど」
「訊きたいのはそういうことじゃないんですけど」
「昨日クリスマスだったじゃないですか。可愛い弟のためにケーキを作ってあげたんですよ。で、これはその残りです」
「いろいろツッコミどころが多いんですけど」
「まあ細かいことはさておき、美味しかったんでお裾分けです」
そう言うと、パックをずい、と突き出してきた。条件反射でひとつ、受け取ってしまう。口にしようとしたところ、
「あ、待ってください」
練乳のチューブの蓋をあけている。
「……用意がいいですね」
「苺に練乳は必須じゃないですか、はい」
「いいです。甘いのそんなに好きじゃないんで」
「そういえばヤヒロさんってコーヒーもブラックですもんね」
まったくよく見ている。自分なんかの、そんなどうでもいい情報まで集めて一体何がしたいんだろう。
「まぁたまにはいいじゃないですか。絶対こっちの方が美味しいですって」
「ちょっ、何勝手に……っ」
強引に練乳を掛けられてしまった。しかも苺が隠れるほど大量に。これは確信犯だと、手首をつかまれ、手の甲を伝った練乳を舐められたときに悟った。
「あーあ勿体ない、零れちゃった。練乳って、掛けた直後が一番美味しくないですか? 五秒も経つと何か違ってきちゃうんですよね」
そう言うと彼はさらに、練乳のチューブを搾った。
「ちょっ……!」
練乳が肘まで垂れ落ちる。それをすかさず下から舐め上げてくる。
「何するんですかっ」
「何って、勿体ないじゃないですか。ヤヒロさんが悪いんですよ、早く食べないから。それとも舐めてほしくてわざとそうやってるんですか?」
「何言っ……」
すると彼は苺をくわえると、口移しで食べさせようとしてきた。全力で拒否するつもりだったのに、抱き寄せられるのと同時に尻を揉まれて、思わず力が抜けた。
「んっ……んんっ」
「甘いですね」と満足そうに言う。「こんな甘いのに、まるで苦いものを食べたみたいな表情をしないでください」
「それはあなたのせ……」
「見たいな。ヤヒロさんが甘いものを食べて、本当に幸せそうな表情をしてるとこ」
「んっ」
喋りながらもちゃっかりシャツの間から手を滑り込ませて、そして意識がそれた一瞬の隙を突いて、乳首を摘まんでくる。こういうところが本当に憎たらしい。そうしてしばらく好き勝手に手を動かしていたくせに、おもむろに手を放す。与えられると思っていたものが急に与えられなくなると、反射的に腰を突き出してしまう。縋りつくように伸ばした手に、彼は何故か練乳のチューブを握らせてきた。
「さわってほしいところにこれ、掛けてください」
「はぁっ?」
「だってヤヒロさん、おねだりして、って言っても言ってくれないでしょ。だからこれで教えてください」
「そういうバカップルみたいな……」
「ヒロトさんとはしたことないんですか?」
そしてどうして彼はたびたび、ヒロトさんのことを持ち出してくるのか。その意図がわからない。いや……苛つかせたいんだろう、きっと。幸せそうな表情をしているところが見たいなんて言っていたがその実、眉をひそめさせて喜んでいる。悪趣味、という単語は、彼のような人間にこそ似合う。
「それともヒロトさんはおねだりなんかする前に、ヤヒロさんの欲しいものはすぐ与えてくれたんですかね」
「あなたはたとえねだったところで、そのとおりになんてしないじゃないですか」
「見透かさないでくださいよ」
そう言いながらも、本当に見透かされた、と焦っている風はない。
「そう、俺は自分のやりたいようにやります」
「っ!」
ぶちゅっ、とチューブを思いきり搾る音がして、腹の上が嫌な感じに冷たい。
「ヤヒロさん肌が白いから、あんまり映えませんね」
確かに、と冷静に思うのが嫌だ。そして彼の赤い舌がより映えて見えるのも。
「あっ……あ……ああっ」
一回で終わると思ったのに、彼はしつこく練乳を垂らしてくる。
「ああでも流石に、ここはよくわかりますね」
「ひぅっ」
敏感な突起の上に垂らされる。直接的な刺激、というより、絵面の卑猥さにくらくらする。彼も十分それをわかっていて、わざと大きな音を立てて吸い上げてくる。耳から犯される。
「気持ちいいですか?」
「あ……んんっ、あああっ」
「まだイっちゃわないでくださいね。まだ舐めたりない。まだ舐めてないところがいっぱいありますよ。今日はヤヒロさんの全身、舐め回してやるって決めてるんです」
「勝手に決め……あっ」
「ほら、今度は後ろ向いてください」
身体を簡単にひっくり返される。簡易ベッドがぎしりと鳴る。背中をつうっ、と舐められ、ぎゅっとシーツを握りしめてしまう。見えない分、より強く刺激を感じる。息がかかっただけで大きく背を反らせてしまい、まだ舐めてないですよ、と笑われる。すっかり反り返った前から雫がぽたりと落ちたのが、俯いたときに見えた。ぽたぽた、とシーツがよごれていくが、どうしようもない。彼がこれを見たらまた「勿体ない」と舐め取るのだろうか。
何度も何度も、飽きずに彼は、練乳を垂らしては舐め、垂らしては舐めを繰り返す。
次第に彼が、背中の傷に沿って舐めているのだということに気づいた。
……無駄なことを。
「ここも、全身甘くしてあげますね」
「あっ、ああっ」
彼の指が、穴の周りをくるりとなぞる。ぬめぬめしたものが周囲に、そしてナカまで広がっていく。
「どこ舐めても美味しい。本当、飽きないですよ、ヤヒロさんの身体。陳腐な台詞で申し訳ないですけど、こっちの口でも堪能させてください、ねっ!」
ぐっと奥まで突き入れられた。一旦奥まで入れたあと、ぐるりと腰を回すのが彼の癖だ。そして前戯はしつこいくせに、そこから昇りつめるのは速い。指摘したことはないが。
こんな癖がわかるくらいには肌を重ねてしまったという事実に、軽く眩暈がする。
ひとりの人間と長く関係を持つのを避けてきたはずなのに。
愛を確かめ合う行為としてのセックスを手放している。自分も。おそらく彼も。だから許せているのかもしれない。
ぐっ、ぐっ、と突かれるたびに声が漏れそうになるのを堪えようと、シーツに顔を埋める。でもそうすると、より腰を高く上げることになってしまう。
「あっ、出るっ……ははっ、出しちゃいますね、ヤヒロさん」
「んうっ……!」
どくどくと熱いものを感じる。彼の振動が伝わって、自分の身体も大きく跳ねる。でも、イったわけじゃない。それを見透かしたように、彼はあっさり引き抜くと、また身体を、今度は仰向けにひっくり返した。以前彼が焼いていたトーストみたいに。
無防備に勃起したものが露わになる。思った以上に、そこは醜いことになっている。すかさず彼は、口を近づけてきた。
「そういえば肝心なとこ、まだ舐めてなかったですね」
「しゃ、べりながら舐めな……ひっ」
「ヤヒロさんはケーキの苺、先に食べる派ですか? それとも後に残しておく派?」
「あっ……んあっ……はぁっ、なお、と、さ……そ、れ……っ」
「俺は先に食べてしまったら、別のケーキから持ってくる派、ですかね。食べたいときに食べたいものを食べたいんです」
「ふっ、あっ、出るっ……あああっ!」
ふざけたことを言っている、と思ったが、意味を考えてやる余裕はなかった。
出した感覚、というより、彼の喉が鳴ったことで、出してしまった、ことを実感している。
「ヤヒロさん、ねえこれ……」
精液と練乳を混ぜ合わせながら、彼は意味ありげな笑みを浮かべている。
ひとのことはあれこれ詮索してくるが、そういえば彼のことは何も知らない、と今さらながらに思う。それこそ彼の性癖がこんな風になってしまったのは何故なのか。初めての相手は誰なのか。出自は……。勝手知ったる風に島内を自由にうろついているようだが、一体何故……
いや、知ってどうする。
「また陳腐なことを言うようなら蹴り飛ばします」
忠告したにも関わらず彼は堂々と、「すっごく甘いですね」などと言った。