執筆:八束さん
山に向かって車を走らせているはずなのに、深い海に沈んでいくみたいだ。
濃くなっていく緑のせいだと思うことにした。
人影はもちろん、他の車とすれ違うこともない。バイパスを抜けると、一瞬だけひらけた田園地帯に出たが、また緑の壁に閉じ込められる。
うねうねとした坂の途中に、目的地はある。
車を停め、外へ出る。
ヒロトが降りてしばらくしても、助手席にいるヤヒロが動き出す気配はない。ドアノブに手をかけたところで、ようやく動き出した。
ペットボトルに入れた水と花を持って、苔むした石段を上がる。
これだけの緑に覆われているというのに、都会より生き物の気配を感じない。
都会の、整備された霊園とは違い、藪の中に墓石が乱立する墓地は、もう何世代か経てば無縁仏になってしまいそうだ。
墓石を拭いて花を供え、線香を上げるヒロトの様子を、ぼんやり見下ろしているヤヒロの影が手元に落ちる。ヒロトが合掌すると、ヤヒロもそれに倣った。視線を感じたので顔を上げると、ヤヒロが冷ややかな目でこちらを見ていた。祈ることがあるのか、と言いたげだった。
今までずっとヒロトの背後に控えていたヤヒロだったが、つい、と前に出ると、おもむろに墓石にビールをぶちまけた。線香の火が一瞬にして消える。そうして中身をすべて出し切ったあと、コン、と缶を花の隣に置いた。
「ああでも……そういえば父さんはお酒が飲めなかったな」
そう言って振り向くと、ヒロトの股の間に膝を入れてきた。襟を掴まれ、引き寄せられる。丁度肌が粟立つのと同じタイミングで、ざわざわ、と葉擦れの音がした。
悪事を働く合図のように、キスをしている。
粘膜と粘膜が擦れ合う、なまなましい音。生き物の気配のないこの森で、自分たちだけが唯一生き残った獣であるかのように錯覚する。人目を忍んでしか生きられない、醜悪な獣。
「ヤヒロ、こんなと、こで……っ」
「こんなところ? 外でも人前でもどこでもこんなことができるように育ててくれたのはあなたじゃないですかヒロトさん、ねえ、……親の墓前でも」
ヤヒロの白い手が、するりとズボンの中に入り込んでくる。
確かにヤヒロをこんな風にしてしまったのは自分だ。けれどヤヒロによって、自分もこんな風にされてしまった、と感じる。見つめられると、ふれられると、抑えることができなくなる。
「それにね、僕は父さんが本当に飲みたいものを飲ませてあげたいんだ」
「あっ……ヒロトっ……そこっ、もっと突いてっ、ああっ」
墓石に手を突き、尻を突き出すヤヒロを後ろから貫いている。
「あはっ……あー……気持ちい……やっぱ、悔しいけど、ヒロトさんのが一番気持ちいいんですよね。そういう、風、に、慣らされちゃったからかな。どんな奴に抱かれても、隙間があいてる感じがして。んあっ……やっ、そこっ、そこが、いいっ……はは……はははっ」
喘ぎ声に、ノイズのような笑い声が混じる。
「だからヒロトさんはずっと、僕を抱き続けなきゃいけないんですよ。あっ、イ、くっ、イくっ……!」
ビクビクと痙攣し、危うく頽れそうになるところを支える。
「ヒロトさん、も、出して……まだ全然、足りない……っ」
快感を追って腰を振る。でもどんなに快感が広がっても、完全には染まりきらない、冷え切った部分が必ず、残る。
「ああっ、ヒロトっ、もっと、もっと出してっ!」
ふと見るとヤヒロのペニスが墓石に密着して、腰を動かすたびにいやらしい軌跡を描いている。ぴゅく、と、吐き出された白い液体が、墓石をゆるゆると伝って落ちる。
「ああ熱い……すごい、ヒロトの、どくどくいってる……ねえ、見てる?」
自分に向けられた言葉かと思ったが、そうではなかった。
「見てる? 見えてる? 父さん、ほら、僕のナカにヒロトのがこんなに入ってんの。昔は父さんに見せつけられてばかりだったけど、これからは僕が見せつける番だよ。残念だったね、父さん、死んじゃうとセックスできないもんね。教授とやりまくってたあんたのことがずっと理解できなかったけど、でも今はちょっとだけわかるかな。どうかあの世でもやりまくって……って言ってあげたいところだけど、残念ながら教授はなかなかくたばりそうにないな。はっ……はは……あはははは!」
後ろからヤヒロを強く抱く。飛んで行ってしまいそうにも、砕け散ってしまいそうにも思えて、強く、強く抱く。でもどれだけ力を込めても、ふれているという実感がない。
「っ……ヤヒロ!」
イった瞬間、供えた花を踏み潰してしまった。
黒い墓石が白くよごれる。
飛んでしまったヤヒロを抱きかかえ、少し迷ったが後部座席に乗せる。乗せたときにシャツがずれて、白い肌が露わになる。思わず隠すように、自分のジャケットを掛けていた。
車を走らせながら、どちらの確率が高いだろう、とちらりと考える。
自分がアクセルを踏み込み、ガードレールを突き破って崖下に転落する確率と、ヤヒロが背後から自分に襲いかかってくる確率と。
バックミラーで様子を窺う。ヤヒロは死んだように眠っている。
とりあえず今日はひとりきりにはさせられないな、と思ったところで、今日は、って……いつものことじゃないか、と、自嘲する。
いつだって。
何の不安も迷いもなく、彼を残して去れたことなんてない。