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70と43

執筆:七賀

 

 

 

生きたいと願う奴はたくさん見てきた。というより、ナオトがそのひとりだ。いつだって隣の人間を蹴り落とそうとしている。
だから「死にたい」と繰り返す彼に出逢った時は衝撃だった。
こんなにも生き残りたい俺の前で軽々しく口にしやがって。ほん……っとうにムカつく。
「うっざいなぁ。死にたいならさっさと死ねよ。ほら!」
少年の髪を掴み、水を溜めた洗面台に顔面から押し込む。そこで初めて息を吹き返したかのように、大量の息を吐いて水泡をつくるそいつ。
ゴボゴボと不快な音が弾ける。水に良い印象がないし、何だか嫌なことを思い出しそうになった。
元々本気で殺すつもりもないので、パッと手を離す。少年は顔を上げ、激しく咳き込みながら崩れ落ちた。
ほら見ろ。やっぱり死ぬ気なんてないじゃないか。
虚ろな瞳で座り込んだヨミを見下ろし、ナオトはしらけ切っていた。
「ははっ、俺が殺すまでもないよな。お前はどうせもうすぐ死ぬよ。俺の実験台になるんだから」
高笑いして告げると、彼はまた湿気を帯びた瞳でナオトを見据えた。
駄目だ、やっぱり晴れない。むしろイライラする。
その目がムカつくんだ。言いたいことがあんならはっきり言え。
お互い上にシャツを羽織っているだけで、ほとんど半裸の状態だ。半日……いや、一日以上この恰好。彼ひとりを馬鹿にするには無理がある。けど深く考えるのもめんどくさかった。
それもこれも二週間前、実験台候補のイクミが外されたことから歯車が狂った。計画はナオトが想像しているよりずっと先へ進んでいたはずだから、よっぽどのことがない限り有り得ない措置だ。教授の判断か、もしくは尚登がまた良からぬことを思いついたか。いずれにせよ楽観的ではいられないと思った。
計画が変更となり、ナオトの器候補に選ばれたのはヨミという少年。いかにも精神を病んでそうで、陰鬱な雰囲気を纏っていた。実験前にできるだけ同調するべきだと、同じ部屋で過ごすように言われた時はぶち切れる一歩手前だった。
それに彼の場合、恐らく学校にも通っていない。イクミは治療が必要になる前は一般生徒として学校へ通っていたらしいが、ヨミは以前から閉鎖病棟に入れられていたらしい。それだけ厄介な事情があるのだろう。
分離できるのなら器は誰でもいい。だがなるべく早くしてほしい。イオの意識が寝静まっている間に、早く……。怒り以上に焦りを覚えていた。
ヤヒロに会えない、外の状況も分からない、おまけに変な薬を入れられて時折飛んでしまう。この屑みたいな現実から一刻も早く脱却したい。様子見なんてしてないで、とっととこの少年の身体を使えばいいんだ。さっさと死にたがってるんだから。
ナオト以上にものを口にせず、痩せこけていく身体。日が経つとさすがに心配になってくる。相変わらず部屋の隅に座って黙っているので、パンを掴んで彼の口に押し込んだ。
「ちょっとは食えよ。お前の場合、死ぬ為に食うんだ」
実験の日までは健康な身体を維持してもらわないと困る。
ナオトの執念を感じ取ったのか、ヨミは諦めた様子でパンを持った。窒息したらいけないので、すぐにお茶も渡してやる。なんて気遣いができる奴なんだろ、俺。イオなら絶対できなかったな。
の甲斐あって、ヨミは昼だけはしっかり食べるようになった。とりあえずホッとする。こんなのは施設の人間の仕事だと思ったが、他にやることもないので彼の観察をすることにした。
水槽のようなだだっ広い部屋に、シャワーとトイレ、二つだけのベッド。水漏れしているのか、いつもどこかかから水滴が落ちる音がする。時計も窓もないので時間が分からないが、ヨミの腹時計で推し量るようになった。
あー、暇。
寝る、食べるだけでは限界がある。暇過ぎる時はヨミを押し倒して遊んだ。不思議と、ここ数日はずっとナオが表に出てイオは眠っている。好都合だと思い、ヨミの口に硬くなったペニスを宛がった。ヨミはやはり諦めたように、舌を出してちょろちょろと舐め始めた。
服を着ることすら忘れると、本当に実験動物になったみたいだ。ヨミは抵抗もせず、仰向けのまま脚を開いた。先端をぐっと突き立てると僅かに眉を寄せたが、ほんの一瞬。体重をかけて奥を貫くと、苦しげな声から色のある声に変わっていった。
「なぁ、気持ちいい? それとも気持ち悪い? 何か言えよ。なぁ……
初めは小枝みたいな印象だった彼の身体。今は少しだけ肉がついて、細いが昔ほどの不安はない。自分がこうしたのだと思うと、わずかばかりの優越感と達成感に襲われた。
馬乗りになって、首筋から脇を舐めていく。彼は小さな悲鳴を上げていた。やっぱり加虐心をくすぐるタイプだ。出会う場が違っても、自分は彼を虐めていた気がする。
遠慮なく彼の中に吐き出して、そのまま隣に倒れた。
ここまでされてんだから一言ぐらい言えばいいのに。
ナオトだったら有り得ない。イオだって何かしら反抗すると思う。痛いとも苦しいとも言わないのは理解できない。やはり心が壊れてしまってるからなのか。
感情が出せないこと。また、相手の感情が読めないこと。それはれっきとした病気だ。母が手を振りかざした姿がいつも脳裏をよぎる。
急にブルッと震えが走り、ヨミに抱きついた。喋らないなら抱き枕代わりになる。抱き心地は最悪だったけど、暖を取るには中々良かった。
目を覚ました時には、何故かナオトの方が下になっていた。
「んんん……重い! どけ!」
力ずくでヨミを引き剥がし、身体を起こす。ところが何故か彼は起き上がり、また自分に抱き着いてきた。
「いや……」。細い声は、なにかの聞き間違いかと思った。けどすぐに「お母さんお母さん」と繰り返し言うものだから、呆気にとられる。振り払うことも忘れてしまった。
「俺お前の母親じゃないし……
初めて聞いた言葉がお母さんとか、困る。どうしたらいいのか分からず視線を泳がせていると、彼はようやくハッとしたように瞼を擦った。
「喋れるじゃん。最初から喋れよ」
本当はもっと早くから、話し相手になってほしかった。身体だけの関係よりも退屈しないから。
「いつからここにいんの?」
「さぁ……
「親の名前は?」
「さぁ……
喋るようになったのは良いが、ほとんど「さぁ」で済ませてくる。これはこれで馬鹿にされてるようで腹が立つ。
「何なんだよ、お前。記憶喪失か?」
そう尋ねると彼は少し俯き、それから頷いた。先回りして結論を出せば、早めに反応を受け取れるらしい。
記憶がないのか。どちらにしてもつまらない。彼から聞き出せる情報はゼロということだ。
お母さんの想像でもしてれば? 俺は久しぶりにこっち使わせてもらうけど」
ヨミの性器を扱いてやる。入れられる硬さになったところで、腰を沈めた。
「んっ……ん、んうっ」
最近、こんな風に腰を振ったのは久しぶりだ。自分さえ気持ちよくなれば良いから、下は見ずに行為に耽る。
ところがこの日ヨミは自ら腰を振って突き上げてきた。
「ひあっ!? おまっ……ちょっと待て、って……あぁっ!」
自分では辿り着けなかった良い場所に当たり、脱力して仰け反ってしまう。口端からだらしなく唾液が零れてしまった。ヨミの動きはさらに激しくなり、肌がぶつかり合う音を響かせていた。
……ナオト」
初めて名前を呼ばれた。
こんな時に……ていうかヨミのくせに生意気だ、と思った。誰の許可を取ってこんな真似してんだ。
でも、与えられる快感に抗えない。彼の逞しい性器に中は喜んでしまっている。離したくない。
「気持ち、いい……もっと、もっと……ぉ!」
首を振って強請ると、ひと息に押し倒された。彼を見上げながら、高く持ち上げられた自分の下半身を見る。突かれる度に白い液体を撒き散らしてしまい見るに耐えなかった。
エッチってこんなだったっけ。尻にあたるヨミの陰毛も、いやらしく尖った自分の乳首も、全部遠い世界のもののように思えた。
「ヨ、ミ……
手を伸ばすと、彼はその手を掴んだ。体勢を抱え、わざわざ真後ろに来てくれる。横向きで顔を上げると、柔らかい唇を押し当てられた。
つーか、エッチは知ってるんだ。
視線で伝わったのか、彼は恥ずかしそうに瞼を伏せた。