執筆:八束さん
八月十六日。
「はい、プレゼント」
シバに紙飛行機を手渡された。
プレゼント、の意味もよくわからなかったし、どうして紙飛行機……?
「今日、ヤヒロの誕生日だって聞いたから」
「たん、じょう、び……」
誕生日……そういえば誕生日はいつだったっけ。
いろんなことを忘れてしまっているけれど、誕生日がいつかを忘れていた、ということすら、忘れていた。だって自分にとって、誕生日は他の日と何も変わらないものだったから。変わらない……ものだった、気がする。誕生日を祝ってもらった、という記憶もない。むしろ疎まれていたような……
「あれー? 違った? 先生が言ってたような気がするけど。聞き間違いかな」
「ごめん……僕、いろんなこと忘れちゃってるから。でもシバが誕生日だって言ってくれるのなら、今日が誕生日だってことにする。有り難う」
「こっちこそごめん。もうちょっと前に気づいていたら、連絡船が来るのに合わせて用意できたんだけど、島にはロクなものがないから。これ、今まで作った中で一番よく飛ぶ紙飛行機」
飛ばしてみて、と促されたから、いつものように海に向かって思いきり投げる。確かにシバが言ったとおりよく飛ぶ……と思ったのも束の間、紙飛行機はぎゅん、と旋回して、こちらに戻ってきてしまった。もう一度やってみても同じだ。
「駄目だ。僕の投げ方が下手なのかな」
すると、シバがお腹を抱えて笑い出した。
「何だよ、何で笑うんだよ」
「あははっ……ごめんごめん、これ、ブーメランみたいに戻ってくる紙飛行機なんだ」
「へぇ……そうなんだ。普通の紙飛行機と変わらないように見えるけれど。シバは変わった折り方よく知ってるよね。……でも騙すのはひどいな」
「ごめん。吃驚した顔が見たかったから」
そう言うとシバも同じように紙飛行機を投げる。シバが投げてもやっぱりそれは、ヤヒロが投げたのと同じような軌跡を辿って戻ってくる。戻ってきたそれを、シバはきれいに受け止める。余計な力がまったく入っていない。スムーズな動きで。
「……いつか、さ」
「うん」
「いつか、この島を出て行かなきゃならなくなる日が来るだろう?」
「いつか……想像できないな」
「まぁヤヒロは来たばっかりだからね。でもいつか離ればなれになってもさ、こんな風に戻ってこれたらいいよね」
「シバ……」
シバの顔が近づく。手にした紙飛行機を潰してしまわないよう気をつけながら、キスをする。
空と海に向かって、まるで自分たちの関係を認めてもらうための儀式みたいだ。……
「若いね」
窓の外を見下ろしながら、教授が言った。
「ほら、見てごらんよ」
教授が何を見ているのか想像はついたから、あえて聞こえないフリをして本に目を落とし続けた。ガキの監視役として人畜無害そうな優等生を宛がったのだが、思った以上に精神衛生上、悪かった。何が誕生日祝いだ、ふざけやがって。こっちは呪いをかけられたようなものなのに。大体今日はあいつの誕生日なんかじゃなくて……
いつの間にか傍に来ていた教授に、腕を引っ張られた。
「ちょっ、教授……嫌ですって、ガキのじゃれ合いなんか見たくなんか……」
「見たくないなら、見なければいいよ」
そう言うと教授に眼鏡を外された。視力は0.1もないから、眼鏡がないと確かに何も見えなくはなる。けれど、見たいものも見えない……
と思ったら、教授の顔がぐん、と近づいてきた。目が悪くても見えるくらいの距離。これはこれで恥ずかしくて、自分の方から教授に口づけてしまう。教授に抱き寄せられる。教授の手が肩を滑る。
「また痩せたんじゃない? 根を詰めるのはよくないよ」
「平気です。全然」
教授にもっとさわってほしくて、自分から服を脱ぐ。教授の服も脱がせようと思ったけれど、先に股間をまさぐられて力が入らなくなる。優しく擦られているだけなのに、そこはあっという間に硬くなってしまう。
「おっと」
零れかかった液体を教授の指がすくう。その指がすっと後ろにふれる。太くてあたたかい指。
「んっ……」
爪の先が入っただけで、全身がブルブルと震えてしまう。嬉しくてたまらない。
教授にふれてもらえる。それだけのために、生きている。研究も、教授が望むからやっているのだ。教授に望まれなくなったら、自分の人生、何の価値もない。
「あんっ……んうっ……」
ぬぽぬぽと、一定のリズムで優しく繰り返される注挿。顔を合わせるなりサカって性急にコトに及ぶガキを馬鹿にしていたけれど、自分もそんなに我慢がきく方じゃない。
「きょ、うじゅ……」
「何?」
「い……っぽんじゃ、足りない、です」
「じゃあ夜紘も指、入れてみて」
「えっ……」
教授に促されるがままに、自分の指を後ろに入れる。自分の指と教授の指とがふれあっている。
「夜紘のナカで、指と指とがくっついてるね」
丁度思っていたことを言われて、カッと身体が火照る。
「っ、教授、動かしちゃ駄目です……っ」
「私は何もしちゃいないよ。動かしてるのは君の方じゃない?」
「違っ……違います、って……あっ、嫌だっ、こんなのやっぱり嫌ですっ、教授のが欲しいっ……」
「君はだんだん欲張りになっていってるね。まあいい、今日は特別な日だからね」
「ああっ!」
ぐうっ、と奥まで入れられ、それだけで軽くイってしまった。
「本当は今日、祝われるべきは君なのにね。ほら、子どもたちに見せつけてやろう。君がたくさん『お祝い』されて、幸せになってるところ」
「ちょっ……教授……あっ!」
窓ガラスに押しつけられる。窓の外ではまだガキどもが乳繰りあっているんだろうか。眼鏡を外されて、何も見えない。ぼやけた視界のぶんだけ羞恥心もぼやけて、脚を大きくひらいて、のけぞってしまう。
「ひうっ……あっ、ああっ!」
冷たい窓ガラスにペニスが擦れて、苦しいくらいの快感に襲われる。
「あっ、ゃあっ、で、ちゃう、教授っ、教授……っ!」
「思いきり飛ばしてごらん」
「あ、イくっ、イっ……くうぅ!」
そのまま本当に空まで飛んでしまいそうな気がした。
「はっ……はあ……あ……」
けれど白濁した液体は、空ではなく窓ガラスをべったりとよごしている。
「ああ……いつの間にか子どもたち、いなくなってるね」
いっぱい出せたことを褒めるように、教授がペニスを撫でてくれる。
「……子どもは飽きっぽいから。だから嫌いです」
上半身をねじって、教授にキスをねだる。
教授の表情はよくわからなかったけれど、優しく全身を撫でてくれる手がすべてだ。
他の誰が知らなくても、教授だけが今日の日のことを覚えてくれていたら、それでいい。