執筆:七賀
朝の散歩はナオトの日課だ。尚登も島へ訪れた際は見守りも兼ねて付き合うようにしている。
しかし今日はやけにご機嫌なので、寮に戻ってから理由を訊いてみた。すると。
「今日はヤヒロさんの誕生日なんだよ!」
飛び跳ねそうな勢いで、自分のことのように誇らしげに答えた。無邪気な笑顔は可愛いけれど、肝心の内容が頭の中で処理できずに固まってしまう。
誕生日? ヤヒロさんの?
彼の正確なプロフィールは非公開のままだ。以前尚登は知り合いの同業者を通して彼のデータを覗き見したことがあるが、生年月日は意識していなかった。彼もまた、自分の誕生日に無頓着な気がする。生徒達に訊かれ、その場しのぎで適当な日を答えたのかもしれない。
ところがナオトは首を横に振った。
「んーん。誰が訊いてもヤヒロさん、自分の誕生日は分からないって言うんだ。だから俺達が勝手に作ったの! 八月十六日。ほら、ヤヒロさんの日でしょう?」
部屋に戻ってから、彼は壁に飾ったカレンダーを指さした。
「なるほどね。よく考えるね」
子どもの発想力は素直に羨ましい。
カレンダーにはマーカーで塗りたくったリンゴやチンアナゴがらくがきされている。どんな繋がりなのか知らないが、きっと弟の中には確固たる世界が築き上げられているのだろう。その独創性は尊重したいが、イクミのように激しい幼児帰りをされたら大変だ……と嘆息をもらした。
「じゃあナオトはヤヒロさんにプレゼントとか用意してるの?」
ナオト、というかほぼほぼナオの人格。彼の緩んだネクタイを結び直してやると、この前美術の授業で作ったんだ! とお手製の写真立てを渡された。型は既にできていて、周りの縁にデザインするものだ。浜辺で拾ったらしい貝殻が接着剤で固定されている。
そういえば、自分も学生の頃はこういうのを作らされた。生憎芸術とは無縁の世界で生きていた為苦痛でしかなかったが、ナオトは工作が得意らしい。大きな貝やビーズも添えられているがうるさ過ぎない、程よいバランスだった。
「ナオトはすごいね。これならヤヒロさんも喜ぶよ」
「えへへ! そうかなあ」
弟の頭を撫でながら、しかし彼は写真を楽しむ人間的な部分を持ち合わせているのか、と疑問に思っていた。
きっと今日は学校中の、彼を慕う生徒がプレゼントを用意しているだろう。ヤヒロの素顔を知らない子ども達は不憫だが、彼が慕われていること自体は不思議と気分が良かった。それこそ弟が褒められた時のようだ。
「じゃあめんどくさいけど教室行ってくる」
「頑張ってね。なるべく早退しないで、友達とも仲良くするんだよ」
廊下まで見送り、去り行くナオトに軽く手を振る。ナオとイオの困った共通点は、互いに学校が嫌いということだ。嫌なことがあったらすぐに離脱してしまうが、少なくとも今日はヤヒロに会うまで帰ってこないだろう。
誕生日。
プレゼントはあたし、みたいに言う生徒も一人や二人いそうだ。今夜の医務室は大変なことになってるんじゃないか。……と思いきや、尚登の予想を裏切り中は物静かだった。
「お疲れ様です。今夜も月が綺麗ですね」
部屋にはヤヒロしかいない。机に向かい、残業なのか事務作業をしていた。
「……クサい台詞を言いたいだけなら帰ってもらえませんか。見ての通り忙しいので」
普段感情を見せない彼が眉間に皺を寄せていると、尚さら嬉しくて近付いてしまう。
「せっかくだし、ちょっと休憩しません? その方が作業も捗りますよ」
「休憩するよりさっさと終わらせたいので。あと、貴方と休憩したらろくでもないことをされるに決まってる」
それは間違ってないが、大人の神聖な行為をろくでもないと称されるのは心外だった。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。ヤヒロさんは口で言うほど、気持ちいいことは嫌いじゃないでしょ?」
ペンを奪い取り、彼の顎を引き寄せる。
あ……。
その時、彼が書いていた紙面が見えてしまった。思わず気を取られそうだったが、慌てて思考を切り替える。気付いていないふりをして、彼の唇を奪った。
「ん……っ」
甘い。
久しぶりだからなのか、いつもより長い時間舌を絡ませている。子ども心を呼び起こす懐かしい味がした。
「ヤヒロさんは夏は好きですか?」
「別に……好きでも嫌いでもないです」
「子どもの時は海やプールで泳いだりしなかったんですか? 意外と得意そうじゃないですか。あ~、制服姿見たかったなぁ。写真とか……残してませんよね、絶対」
彼が座るキャスター付きの椅子をベッドまで移動させる。綿のように軽い身体を引き寄せ、優しく押し倒した。
「俺がお喋りな人が嫌いって知ってますよね」
「えぇ、よーく」
怒りを通り越して呆れた様子の彼を、上からほぐしていく。白いシャツを剥いでも下から覗くのは白い肌。彼が相手だと、何枚脱がせても実体が掴めない錯覚に陥る。
ふと気が付いた。ピアスを装着した乳首は否応なしに尖っているが、性器はくたっとしている。
「今日は忙しかったんですか? いつもより感度が悪い」
それでも袋の辺りから優しく舐めると、ようやく角度を持ち始めた。奥の入口は触れると温かかった。
「ヤヒロさんが夏生まれだなんて、今まで知りませんでした。せっかくだし、これからはアルバムが作れるぐらいたくさん写真を撮りましょうよ」
「……っぅあ!」
準備していた自分の性器をゆっくり挿入する。感度が悪かったのは一瞬で、彼はいつものように快感に素直になった。口ではうるさいとか何とか言ってるけど、自ら腰を振り出している。
こうなるから可愛い、なんて言ったら一ヶ月は口をきいてくれないだろう。そういうところがまた可愛い。
行為のとき、ちゃん全体重を預けてくれるから尚さら受け止めたくなる。今こうしている間も、彼は自分ではなくヒロトに抱かれる想像をしているのかもしれない。必死に中を締め付けて。可哀想なぐらい健気だ。
プレゼントに用意したペニスリングを取り出したが、気が変わった。彼が気付いていない間に再び仕舞い、脚を高く持ち上げてひっくり返す。
「あっ、ああっ!」
ビリッ、と脚に絡まる下着から嫌な音がしたが、無視して中を強く突いた。彼が仰け反り、全身を震わせるまで、何度も。
白濁色の液体が太腿を伝い、白いシーツに染みをつくる。虚ろな瞳は徐々に光を取り戻した。
彼は白というか、透明が似合う。
脚を投げ出して寝ているヤヒロの脚を撫でる。内腿へ移動すると僅かに震えるところが愛らしい。まだ何とか硬さを保っている先端にリングをはめた。すぐに落ちるだろうか、これはこれで見ていて楽しい。
「すみませんね。今日はこれだけ……今度下着をプレゼントしますよ」
「結構です」
布が避けた下着を拾い上げる。少なくとも自室までは、彼は下着を履かずに過ごさないといけない。考えたら思わず口端が上がったが、気付かれないように顔を逸らした。
「さっきも言ったけど、写真撮ってもらってくださいね。写真が飾ってない写真立てほど虚しいものはありませんから」
ヤヒロに背を向け、ベッドに腰掛けたまま机を指さす。その上には弟のナオトが作った写真立てが置かれていた。
「受け取ってくれてありがとうございます。ナオトがすごい嬉しそうに話してましたよ。今日がヤヒロさんの誕生日なんだって」
「拒否する理由もないでしょう。本当に大変でしたよ……朝からずっと生徒達に捕まって、仕事もろくに進まない」
とは言うけど、彼はとっくに今日の仕事は済ませているのだろう。徐に立ち上がり、机の方へ歩いた。
書きかけの書類は、便箋だった。端にはまた、色やデザインが様々な便箋が山積みになっている。それには全て「ヤヒロさんへ」、と手書きで書かれていた。
そして中央に置かれている便箋は、その一通一通に宛てた返事。
話題を振ったら、どうせこれも「仕事」だと吐き捨てるだろう。だから何も言わずにそっとしておいた。開けっ放しの窓から風が吹いて飛ばされないよう、支柱型のペーパーウェイトを置く。
彼が怪訝な顔でこちらを見ていたので、何事もなかったように傍へ戻って笑いかけた。
彼と出逢って既に一年以上経っている。本当に大切な日は見過ごしてしまっている。でも祝ったらいけない理由はどこにもない。
今日は聞き飽きたであろう言葉を、彼の顰めっ面を見る為に囁いた。
「誕生日おめでとうございます」