執筆:七賀
夏といえば海! ……も勿論良いけど、本音を言うとそこまでして泳がなくてもいい。せっかくの夏休みは部活の練習で埋め尽くされて、むしろ夏休み前より泳いでいるから。その分日焼けもするし、髪がごわつくし、ぶっちゃけ疲労で何もできない日々が続いている。
部活動が増えたことで良かったことは……強いて言うなら恋人を眺める時間が増えたことだろうか。
( 今日もかっこいいなぁ )
ゴーグルをすると目が合うことがないから盗み見し放題だ。寛人先輩は大勢の部員に囲まれて、後輩達を指導している。
八尋は自主練に打ち込み、無心を努めていた。それでもちらちらちらっちら寛人を見てしまうので、結局のところ全力は出せていない。寛人もこちらを気にしているんじゃないかと期待したが、横目で窺う彼の視線はどう見ても新入生達に注がれている。
仕方ないことだと分かっていても不満で膨張する心。いっそ弾けてしまえば楽だが、ぎりぎりのところで必ずブレーキがかかる。
スケジュールが合わないせいで全然二人きりになれない。それに加え、最近の部活は憂鬱だった。部員達は八尋に対してどこかよそよそしい。
心当たりならある。でも過ぎたことだとして、なるべく考えないようにしている。顔を横に振り、深く息を吸ってもう一往復した。
今は水の中だけが安心できる。泳いでいる間だけは自分の世界に浸れる。
水中から顔を出すと、頭上から小さな拍手が聞こえた。
「お疲れ様です八尋先輩。すごい、良いタイムですよ」
「翼君」
陽光が反射して顔に影がかかっていたけど、声だけですぐに分かった。
寛人先輩とデキてんじゃないか……という噂が流れて、イジメではないけど、部活内で声を掛けられることが減った。以前はよく泳ぎを教えてほしいと近寄っていた後輩達も他の上級生に頼むことが増えて、今八尋に笑顔で声を掛けるのは、マネージャーの翼だけだ。
彼はストップウォッチを翳し、八尋に手を差し伸べる。自己ベストより随分落ちているが、その気遣いが嬉しくて素直に手を取った。
「俺八尋先輩が泳いでる姿好きだなぁ。理想のフォームっていうか、多分誰よりも綺麗な泳ぎ方してますよ」
「そんな……褒め過ぎだよ」
人当たりのいい翼だから、そんなお世辞もぽんぽん出てくるのだろう。部員のフォローも任されるマネージャーは、自分では思いつかない激励の言葉をいくつも持ってる。
しかし今日は特に疲れた。プールから出てシャワー室へ向かうと、翼も後をついてきた。
「八尋先輩。部活辞めちゃったりしないですよね?」
「えっ。やだな、辞めるわけないでしょ!」
水泳が好き以上に、寛人先輩がいる部活を辞めるわけがない。ただ来るのが憂鬱になってるのは事実で、その一瞬の戸惑いを見抜かれてしまった。
「最近の先輩元気ないし、皆と話すこと減ったように見えて心配だったんです。……それで、ある時教室で噂を聞いてしまって」
「噂?」
「八尋先輩と寛人先輩が付き合ってる、って」
せっかくシャワーを浴びたのに、また嫌な汗が吹き出した。
「うっ……噂だよ。俺と寛人先輩が付き合ってるわけないじゃない」
「そうなんですか?」
「そうそう、あの部長だよ? 冷静に考えて、俺なんか釣り合わないでしょ!」
必死に否定する。翼は目を丸くして驚いていたが、俯きがちに笑った。
「本当にそうですね」
「え?」
「いえ、何でも。それなら話は簡単ですよ。良いこと思いつきました」
寛人先輩と付き合ってないことを皆に話そう、とか言うのかと思った。ところが彼は目を細めて、さりげなく顔を近付けてきた。
「俺と付き合ってることにしましょう」
「えぇっ!?」
予想もしなかった提案に豪快に仰け反ってしまう。シャワー質の個室で、翼はしー、と人差し指を唇に当てた。
「この学校って実は同性愛者の人多いし、付き合ってること自体はそんな驚かないと思うんですよ。ただ、相手が寛人先輩だから悪目立ちしちゃうんじゃないですか? 寛人先輩は皆の憧れだし、狙ってた人も多いでしょ」
「そ、それは……まぁ……」
実際、バレンタインの時に後輩からチョコをたくさん貰ってる先輩を見たことがある。
「恨まれたり、部活でやりにくくなるぐらいならハッキリ違うって主張した方が良いでしょう。大丈夫ですよ、俺が協力しますから」
「協力、って?」
彼の目が妖しく光る。
「先輩の前で一緒に帰ったり、手を繋いだり。……こんな事とかもしてみません?」
こんな事……の意味は、腰元に触れた指の動きで分かってしまった。
ぬれて肌に張り付く水着を引っ張られる。
「やっ、やだっ翼君!」
いくらなんでも突飛過ぎる。それに、先輩以外にそんなところを見られたくない。
水着を引き下ろされる寸前で、壁を伝う衝撃音が聞こえた。
「寛人先輩……!」
翼の後ろで、寛人が険しい表情で佇んでいる。ほっとしたのも束の間、まるで翼と浮気しているように見えてるんじゃないかと青くなった。
「あぁ……お疲れ様です部長。八尋先輩が具合悪いって言うので、ちょっと看ていたんですけど」
「……そう。それなら俺が代わるよ。ありがとう」
寛人は翼を後ろに引っ張ると、八尋を抱き寄せた。
「俺が連れて行きますよ。マネージャーだし」
尚も食い下がる翼に、彼は「大丈夫」としか言わなかった。翼も諦めたようで、ため息混じりにお願いします、と答えた。
まだ部活が終わるまでには時間がある。しかしタオルを被せられ、そのまま保健室に連れていかれた。夏休み中だから校内は静まり返って、向かう途中も誰とも会わなかった。
白いベッドの上にタオルを敷いて、大人しくしてるように言われた。待ってると寛人は八尋の制服を持って戻ってきた。
「大丈夫? 今日はもう終わりにする?」
「あ……えっと……」
本当に具合が悪いわけではないが、部活に戻る気になれない。また余計なことで目立ちたくなかった。
しかしすぐに答えない八尋に痺れを切らし、寛人は低い声で尋ねる。
「さっき翼君と何してたの?」
シャッ、とベッドを囲うカーテン。寛人先輩はベッドに乗り上げてきた。
「何か随分距離が近く見えたけど」
「ご、誤解です! 単純に翼君が、俺のこと心配してくれてただけで……」
それもまた誤解なのだと説明した。
「すみません。具合は悪くないんです。ただ時々憂鬱な気持ちになっちゃうんです。部員の皆も俺に対して気まずそうだし……それに先輩が他の人と仲良くしてるところを見ると、尚さら不安で」
正直に胸の内を明かした。噂のことは未だに悩みの種だし、常に誰かに囲まれている寛人を見ると、対比してより孤独を感じてしまう。
そんな弱い自分が嫌で、唇を強く噛んだ。
「しょうがないな、八尋は」
ぎゅっと抱き締められる。先輩はどこか嬉しそうに呟いた。
「不安にさせてごめん。……同じ教室にいられないんだから、せめて部活ではフォローしなきゃいけなかった」
「良いんですよ!
俺が独りで悩んでるだけだから」
「でも、俺は八尋にいつも笑っててほしい」
数秒目が合って、そのままゆっくり唇を塞がれる。腰に這う指が水着を下ろしてしまう。あっという間に全裸になって猛烈に恥ずかしい。
「……気持ちいい、って叫ぶ八尋が見たい」
「やっ……そんなところ見られたら、俺もう学校に来られなくなります……!」
「大丈夫。ちゃんと鍵かけたから」
それだけじゃとても安心できない。でも大きな手のひらで胸や脚の間をまさぐられると、もう甘い声しか出なくなった。
プールの匂い。なのに寛人先輩の匂いが混じっている。先輩は水着の上にシャツを羽織っていたけど、あそこが大きくなっているのが分かった。
「八尋のここ、ひくひくしてる」
「んうっ!」
それまで絶妙に避けられていた小さな口。驚くほど簡単に、先輩の指を飲み込んだ。
「先輩、先輩……っ」
こうなると駄目だ。心以上に身体が期待してしまっている。脚を全開にし、寛人先輩に抱かれやすい体勢をとった。
「先輩、入れて……」
もう理性は砕け散っていた。学校だし、部活中なのに……先輩が欲しくて仕方ない。むしろ皆が頑張ってる中、皆の先輩を独り占めしていることがたまらなく嬉しかった。快感が背徳感を上回る。
先輩の熱を持ったペニスが、中を容赦なく擦る。久しぶりだったこともあり、声を抑えられなかった。馬鹿みたいに脚をばたつかせ、無我夢中で腰を振る。駄目だと思うのに、先輩の背中に爪を立ててしまった。
先輩はイク寸前で引き抜いた。勢いのある飛沫が八尋の腹と顔を汚す。八尋もペニスを激しく扱かれ、ひと足遅れて射精した。
「久しぶりだったからかな。お互いすごい速かったね」
確かに、こんな簡単にイクのは初めてかもしれない。勿体ない気がするけど、やっぱいいか、と思うほどには気持ちよかった。
「先輩……」
手を伸ばすと、強い力で抱き寄せられる。上と下、二つの粘膜が絡み合い、淫らな音を立てていた。
「夏休みぐらいどこか行きたいね」
まだ荒い息を吐き出す八尋の目元を、寛人の舌が一周する。
「いっそ二人で部活休んじゃう?」
「そんなことしたら翌日行けなくなりますよっ」
「あ~、難しいなぁ」
寛人は残念そうに八尋の唇を舐めとる。
「じゃあその分、今可愛がっちゃお」
まさか、と背筋が凍る。案の定、先輩は第二ラウンドに入ろうとしていた。
もう一回やろうもんなら、腰が痛くて泳げない。仮病じゃなくて本当に早退になるかもしれない。
でも、それでもいいか、と思ってしまう自分は重症だ。遊びに行けなくても既に満たされている。自分だけを見て、抱き締めてくれる。それだけで溶けてしまいそう。
寛人先輩が持ってきてくれた衣服が机の上に積まれている。その横には、何故かストップウォッチが置かれていた。