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夜這⑸

執筆:八束さん

 

 

 ヤヒロさんが使ったマスクを丁度ゴミ箱に捨てるところを見かけてしまったから。
 こっそりゴミ箱から拾って自分のものにした。
 自分だけの宝物がまたひとつ、増えた。
 大切に保存していたのに、あるとき見るとマスクがなくなっていた。ナオトがヤヒロさんにチクったらしい。ナオト。マジ殺す。けれどナオトを殺したところで、失った宝物は戻って来ない。ショックで何もやる気が起きない。ベッドでぐったり横たわっていたところに、ヤヒロさんがやって来た。
「ゴミ箱から漁るのは感心しないけど」
「ヤヒロさん」
 ヤヒロさんの手にはマスク。
「そんなにマスクが欲しいんだったらあげるよ」
 するとヤヒロさんは、香水のようなものをシュッとマスクに吹きつけて言った。
「つけてあげようか?」
 ヤヒロさんにそう言われたら、断ることなんてできない。ヤヒロさんの顔が近づく。ヤヒロさんの指が耳にふれる。それだけでどきどきする。息を吸い込むと、甘いにおいがした。くらくらする……
「君がつけたいって言ったんだからはずしちゃ駄目だよ」
 立っていられず、へたりこんでしまう。何か……何か変だ。『おくすり』を飲んだときの感覚にも似てるけれど、それよりもっと強烈だ。
「ヤ、ヒロさ……んんっ!」
 ヤヒロさんにマスクを押さえつけられる。身体が熱い。熱いのは……この甘いにおいのせいだろうか。それともマスク越しに感じる、ヤヒロさんの手のぬくもりのせいだろうか。息を吸うたび、全身がヤヒロさんに染まっていく。
 下半身をもじもじさせていると、ヤヒロさんに手を取られた。
「自分でさわっていいよ」
 本当はヤヒロさんにさわってほしかったけれど、でも贅沢は言ってられない。下手をするとまたヤヒロさんはどこかに行ってしまうかもしれない。ひとりぼっちにされるのだけは嫌だ。
 羞恥心なんてとうの昔に捨て去っていた。ヤヒロさんにだったら恥ずかしいところも見てほしい。全部見てほしい。
 くらくらして、なかなか思うように前をくつろげることができない。それでも何とかズボンをずり下ろすと、そこはもうぐちゃぐちゃになっていた。
「ヤヒロさん、ヤヒロさんヤヒロさん……!」
 ヤヒロさんの手のぬくもりだけを頼りに、一心不乱に扱き続ける。
「こら、そんなに喚かないの。てのひらに君の息が当たってくすぐったい」
「ごめんなさい。でも……っ」
 生理的な涙が伝って、マスクに染みこむ。
 扱くスピードが速くなる。ヤヒロさんの表情は変わらない。
「イってごらん」
「んんっ……んんんーっ!」
 ヤヒロさんに優しく囁かれたらもうダメだった。びくびくと跳ねて、手の中に恥ずかしい液体をまき散らしてしまう。
「はぁ……はふ…………
 マスクを押さえていたヤヒロさんの手が離れていく。ダメ。ヤヒロさんが行っちゃう。寂しくてせつなくて、たまらずヤヒロさんを呼んでいた。
「ヤヒロさんっ……ヤヒロさん……キスして」
 自分でもどうしてそんなことを口走ってしまったのかわからない。ヤヒロさんはフッと笑った。決して本気にはしてくれないだろうと思った。けれどヤヒロさんの顔がぐんと近づいてくる。心臓がばくばくする。
「ヤヒロさ……むぐ……ううっ」
 マスク越しに、キスされた。
 どれくらいぶりだろう。こんなに優しくふれられるのは。
 でもそれが、マスク越しだというのがもどかしい。もっとヤヒロさんを感じたい。ヤヒロさんの唇の感触。もっと味わいたい。
 たまらず舌を突き出そうとした瞬間。イクミの浅ましさを見透かしたみたいに、ヤヒロさんの唇がスッと離れていってしまった。またじんわりと、視界が滲む。
「使い捨てのマスクは一度使ったら捨てておくように」
「は…………
 ヤヒロさんが部屋から出ていってしまった。まだ呼吸がおさまらない。もしかしたらマスク越しで丁度よかったのかもしれない。直接ふれられてしまったらもう、幸せすぎて死んじゃうんじゃないか。
 はい、と言ったものの、ヤヒロさんにふれてもらったものを捨てるなんて。それこそ身を切られるようにつらい。そんなこと、自分にはとてもできっこない。ヤヒロさんだってそれがわかっているはずなのに、何て残酷なことを言うんだろう。
 両手でマスクを押さえて、肌に密着させる。深く深く、息を吸い込む。甘いにおい。それよりずっと甘い、ヤヒロさんのにおい。