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腐男子育海の青春編⑹

執筆:八束さん

 

 

 

 

 生徒会長に呼び出され体育倉庫に向かい、飛び込んできた光景に目を疑った。
 生徒会長が誰かを組み敷いている。組み敷かれているのは……
「八尋先輩っ」
「ああ、育海、丁度いいところに来た」
 状況を把握するより先に、
「ほら、ボサッと突っ立ってないで早くドア閉めて。腕押さえて」
「は、はいっ」
 ほとんど条件反射的に八尋先輩の腕を押さえてしまったあとで、これはマズいんじゃないかと思ったけれど、もう遅かった。カチャカチャと会長が八尋先輩のベルトを外して、見てはいけない部分が眼前に晒される。でも、見てはいけないと思いつつも、目を逸らすことができない。
「嫌っ……やめてください、どうしてこんなことっ……
「ここをこんなにぐずぐずにしてフェロモンまき散らしながら言われても説得力ないんだけど。八尋だって早くアルファのちんこが欲しいだろ?」
「嫌だっ……寛人……っ、寛人じゃなきゃ嫌っ……寛人、寛人……!」
「どれだけ叫んだって無駄だよ。寛人は来ない。そんなに寛人がいいなら、とっととつがいになってりゃよかったのにねえ」
 そう言って会長が八尋先輩のナカに、一息に挿入する。
 駄目だ。こんなこと。可哀想……なのに、もっと見たいと思ってしまっている。
「こら、一年坊主」
「はいっ!」
「興奮するのは勝手だけど、力は緩めんなよ。俺のあとでよかったら楽しませてやるから。ああでも、ベータ君にはこの気持ちよさは分かんないかもしれないけど」
 ぐちゃぐちゃと卑猥な水音が響き渡る。耐え切れずに自分のものを取り出し、八尋先輩の口元に近づける。
「ね、先輩、ここまで来たら楽しんじゃいましょう? 先輩も寂しかったんでしょう? 先輩の……

「『先輩のお口で俺のも気持ちよくして』……って何っじゃこりゃああっ!」
 バシン! とノートを十波に叩きつける。
「よく書けてるだろ? 初めてなのに我ながら。創作意欲がわかない、ってお前のために燃料投下してやったんだから感謝しろよ」
「お前、腐には興味なかったんじゃないのかよ!」
 なのに無駄にオメガバース設定とか持ってきて。しかもキャラ掴みが大体合ってるのが腹立たしい。
「何だよ、もっと素直に喜べよ。お前の理想を全部実現してやったんだから。お前はモブがいい、って前から言ってたからモブにしてやったんだよ。おこぼれを頂戴できて、しかも非難の矛先はラスボスである尚登会長に全部行く。モブの中でも超恵まれたモブ役に配置してやったんだから。これ以上ないだろ」
「俺は別に八尋先輩をどうこうしたいとか思ってないから!」
「じゃあどうこうされたいわけ? えっ、お前もしかして受け希望? うわ、キッモ」
「ちがーうっ!」
 どうこうしたいもされたいもない。俺はただ、美しい八尋先輩をそっと物陰から眺めていたいだけなんだ。美しい八尋先輩……もとい、美しい絡みを。
「まったくお前は腐の心が分かっていないんだから余計なことすんな!」
 そうは言ったものの、しかし十波が書いてくれたものも一応取っておくことにする。……ほら、出された食事は最後までたいらげないともったいないし。
 でも……
 まあ、そうだな。オメガバースってのは盲点だったな。またちょっと設定練ってみるか。学校が終わったら、最近話題になっているバースものの漫画と、あと八尋先輩の声と似ている声優さんが出ているBLCDを買って帰ろう……
 なんて、るんたったと浮かれながら廊下を歩いていると、部活の時間のはずなのに、荷物をまとめて帰ろうとしている八尋先輩の姿を見かけた。
 一体どうしたんだろう。
 ひどく落ち込んでいるようだったから声をかけるのが躊躇われた。こういうときは、ザ・偵察、に限る。
 プールに向かい、同級生の翼を手招きする。
「なあなあ翼」
「どうしたんだよ育海、部員でもないのに」
 翼は、水泳部でマネージャーをやっている。中学時代は選手だったらしいが、高校に入った途端、故障やスランプもろもろ……で急に泳げなくなった、らしい。退部も考えたそうだが、それでもやっぱり好きな水泳に携わりたいと、今では選手を支える側に回っている。ストップウォッチを首からぶら下げ、クリップボードを手にやって来る。
「八尋先輩、今日は部活に来てない?」
「来てないけど……何、八尋先輩に何か用?」
「いや、借りてた参考書返さないと、って思ったんだけど、教室にはいなくて」
「育海の家って確か、八尋先輩の隣だろ? 家に帰ってから返せばいいじゃん」
 うぐ。やっぱり付け焼き刃の嘘なんかつくんじゃなかった。
「あはは、まあそうなんだけど。何か久々に八尋先輩の泳いでる姿、見たいなぁ……なんて。今日は八尋先輩、用事でもあるのかな。明日また……
「明日も来ないよ」
 そして翼は、思いも寄らなかったことを言った。
「たぶん、八尋先輩、部活辞めるんじゃないかな」
「えっ、辞めるって、どうして……
 何か言いたくない……言えない事情でもあるのか、翼は神経質に、胸のストップウォッチをカチカチやっている。
「どうして、『あの件』はもう解決したはずじゃ……
 どうしてどうして、と問いつめると、翼は渋々口をひらいた。
「八尋先輩、最近、タイムが伸び悩んでてさ。まあ普通だったら、単なるスランプ、ってことで片付けられたのかもしれないけど。『あの件』があったせいで皆の目も厳しくてさ。恋愛にうつつを抜かしているせいで、練習にも気合いが入っていないんだ……とか」
「そんな……
「まあ正直俺も、寛人先輩と八尋先輩が一緒にいるところを見るのはキツかったから」
 あらためて、そうか、と思う。
 その感覚が普通なんだよな、きっと。ふたりが一緒にいるところを見てキャッキャッと喜んでるのはきっと自分くらいなもんなんだ。
 そうか、と納得しかけ、しかしストップウォッチのカチカチいう音が、さっきより速くなっていることに違和感を覚える。ふと見ると、翼は不適な笑みを浮かべている。
「ウザいものが視界から消えてせいせいしたよ」
「えっ……
「俺の寛人先輩にべたべたくっついて超めざわりだったから。あいつのせいで寛人先輩のパフォーマンスも落ちちゃったんだ」
「へえ……
 そうか、翼は寛人先輩が好きだったのか。というかこいつ今さりげに、『俺の寛人先輩』って言ったよな……
「俺は何度も忠告したのに、聞かない先輩が悪いんだよ。それどころか、『君も寛人から自立して、復帰目指して頑張ってみたら』なんて偉そうに。だから思い知らせてやったんだ。俺を蔑ろにするから」
 カチ、と翼がストップウォッチを止める。
 まるでそうすることで、すべての時間を止めてしまうかのように。
「誰がタイム測ってやってると思ってんだよ」
「翼、まさか……
 カチ、と、また動き出す時間。
「なーんてね」
 本当か嘘か分からない翼の口調。
 何だかまた、大変なことに巻き込まれてしまいそうな予感がした。