執筆:八束さん
初めの十分は鎖だけを舐めた。次の十分は乳首の周りだけを。我ながら……
「し、つこい……っ」
心外な。
「丁寧、って言ってくれません?」
薄桃に染まった肌。あの白かった肌をここまでにした、と思うと、征服欲が少しは満たされる。
両乳首にあけられたピアス。ピアスをつなぐ鎖。こんなものは、前に肌を重ねたときにはなかった。しばらく会わなかった間に、また悪趣味な遊びを覚えて。
覚えさせた人物には心当たりがある。
そしておそらく自分や……『彼』に間接的に見せつける意図があるのだということも。
すっかり勃ち上がった乳首に息を吹きかけると、それだけでびくんと身体を震わせてイったのが分かった。一度イっただけでは終わらせない。何回イったか、なんて分からないくらいにイかせ続けてやりたい。
「も……いい加減に……」
「いい加減に?」
「……さわったらどうなんですか」
何でそういう言い方しかできないかな、と思いつつも、一旦は言われたとおりに、両乳首の先端に指を当てる。
「……な、にやってんですか」
「何って、さわってるんですけど」
「子どもの屁理屈みたいなこと……」
「さわったら、って言われたから、さわっただけです。それとも他に何かした方がいいことがありますか?」
予想どおり、彼は眉間に皺を寄せただけだった。それならこっちのやりたいようにするまでだ。指を離し、舐め上げる。また、腹がびくびく震えた。
どれくらいそうしていただろう。
一度身体を離すと、腹の上が悲惨なことになっていた。
顔を覆っていた彼の手をどけてやると、目尻から涙が伝うのが見えた。
「気持ちいい?」
返事はなかった。したくない、というより、したくてもできない、くらいに、息が乱れているのが分かる。
優しく舐めて、吸ってを繰り返していると、途切れ途切れに声が漏れ始めた。もっと、と逸る気持ちをおさえる。
彼以外とするときは、戯れに歯を立てたり引っ張ったりすることもある。けれど今はほんのちょっとでも痛いことをしたくない。彼のためというより、もはや意地だ。
「痛くしなくても、気持ちいいでしょう?」
「あ……」
彼の目が、ここではないどこか、を、見つめるように揺らいだ。
もうすぐだ、と、確信する。もうすぐ仮面が剥がれ落ちる。その奥に隠されている素顔がみたい。仮面を叩き壊すのではなく、ゆっくり溶かして。
「ヤヒロ」
と、耳元で囁くと、彼の唇が微かにひらいて、
「……ト」
「ん? 何?」
「ヒロト……」
情事の最中に別の男の名前を呼ばれて喜ぶ奴なんていない。きっと自分くらいだろう。手に入れた、と、ぞくぞくしているのは。
「もっと……もっと欲しい……ヒロト……」
応える代わりにくちづける。驚くほどすんなり、彼は自分の舌を受け入れた。巧み、とは言えない舌遣いで、貪ってくる。顎まで零れた唾液を指で掬い取ってやると、それにすら感じて身体を震わせる。
一体どういう風に抱かれ続ければ、こんな風になってしまうのか。
手に入れた、と思った瞬間、分からなくなる。不思議なひと。
そろそろ我慢できなくなり、入れようとした瞬間、まるで初めて受け入れるときのように、期待と怯えが混じった目で見られていることに気づく。
「大丈夫、気持ちよくしてあげるから」
初めてのような反応とは裏腹に、慣れきったそこは貪欲に奥に奥に飲み込もうとしてくる。ゆるく擦り上げただけで、きゅうっとナカが締まる。それと同時に、彼が両腕と両脚を絡めてきた。
「イく……もっ、イっちゃう……」
「いいよ、イって。何回でもイかせてあげる」
ヒロト、ヒロト、ヒロト……
ここにはいない人物を思いながらする、何て倒錯的な行為。
「ヒロトさんに会いたいですか?」
横たわる彼の頭を撫でながら囁く。彼がゆっくりと目をあける。
分かっていた。何の考えもなしに、彼が黙って抱かれているはずがない。彼は、意味のないことはしない。きっと気づいているのだろう。ヒロトさんの行方について。
「いや違った。ヒロトさんに抱かれたい?」
あえて挑発的な言い方をする。あからさまに苛立っているのが分かる。
戯れに胸の鎖を、指にくるくると巻きつける。
どこにつながれているのか。あるいはどこにもつながれていないのか。自分で自分自身を縛りつけているような鎖を、あえてほどくことはせず、そっと指をはずす。
返事はない。
医務室の外に出る。
離れていても分かる。隠しきれていない殺気。
真正面から受け止めるなんて馬鹿な真似はしない。
「やあ、また会ったね、元気だった?」
何故かぶかぶかの白衣を纏った少年。彼の名前は確か……
「イクミくん?」
「ヒロトって誰」
食い気味に言う。
「ねえ、ヒロトって誰」
破れそうなほど強く白衣を握りしめている。
そしてふと手が離れた瞬間、握りしめられていたそこが、真っ赤に染まっているのが見えた。