執筆:八束さん
「そろそろはずしてあげようか、おいで」
ヤヒロさんに言われて、どきりとした。ヤヒロさんに貼ってもらった絆創膏。気づかれないといいけれど……
シャツの前をたくし上げてヤヒロさんに胸を見せる。
「ああ、ちゃんと貼ったままでいたんだ。えらいね」
「うん。ヤヒロさんに言われたとおりに……」
「……なんて、言うとでも思った?」
「あっ」
びりっ、と、ひといきに絆創膏を剥がされて、痛い。
「ゴミ箱に絆創膏が捨ててあった。おまけに新しい絆創膏がなくなっていた。剥がして、また貼り直したんだろう?」
どうしよう。ヤヒロさんには全部バレている……
「君のことだからどうせ耐えられないだろうとは思っていたけど、まさか嘘をつくなんて。がっかりだな」
がっかり。そう言いながらも、ヤヒロさんはことさら怒った表情をしているわけではない。だからこそなおのこと、怖い。
ヤヒロさんは黙って絆創膏を取り出すと、ガーゼの部分に何か、軟膏のようなものを塗りこんでいる。ヤヒロさんが一瞬だけ視線をこちらにくれる。その意味を察するより先に、絆創膏を再び乳首に貼られてしまった。
ぬるぬるしたものに乳首が覆われて、変な感じ。
「今度勝手に剥がしたらどうなるか分かってるね」
反射的に頷いたものの、本当は何も分かっちゃいなかった。それを見抜いたかのようにヤヒロさんが、
「ああやっぱり信用できないな」
と、立ち上がって後ろに回り込む。
「ヤヒロさんっ? 何す……」
後ろ手に縛られ、椅子の背もたれに固定される。
「言って駄目なら身体に教えるしかないからね」
「やだヤヒロさんやだっ……!」
でもヤヒロさんが一度決めたことを曲げないことも知っている。足をバタつかせて暴れたけれど、ヤヒロさんはどこかに行ってしまった。
「ヤヒロさんヤヒロさんヤヒロさんっ!」
寂しい。ひとりぼっちは耐えられない。寂しくて寂しくて……でも身体は、勝手な反応を見せて、寂しさに溺れきることも許してくれない。
「んっ……」
絆創膏に覆われたところが、むずむずしてきた。さわりたい。掻き毟りたくてたまらない。
確かにヤヒロさんの言うとおりだ。縛られていなかったらすぐに言いつけを破ってしまっていた。
「んっ……んんっ……」
身体をよじってみるけれどまったく意味がない……どころか、刺激してはいけない部分を刺激してしまうことになる。
苦しい。前が苦しい。
ヤヒロさんにさわってもらえないことが苦しい。いつまでひとりでいなきゃいけないのか分からないのが……
「ヤヒロさんもうやだおかしくなっちゃうからあっ! 戻ってきて、ヤヒロさんヤヒロさんヤヒ……」
「ったくうるせーな」
そのときになって初めて、奥にひとがいることに気づいた。シャッ、とカーテンをあけて出てきたのは……
ナオト。
よりにもよってこいつだったなんて。
「ああ、あんたか……って、何、その格好」
嫌だ。こんな奴に見られたくない。ヤヒロさんにはどんな恥ずかしい姿を見られてもかまわないけど、むしろ見てほしいくらいだけど。でも……
「あんたまた何か悪さしたの? ヤヒロさん言ってたもんな。猫みたいにイタズラばっかする子がいて大変、って」
「イタズラとかしてな……あっ」
人差し指で右の乳首をぐりぐりされた。乱暴な手つき。ヤヒロさんと全然違う。それなのに待ち望んでいた刺激に、腰が揺れてしまう。
「ははっ、感じてんの? こっちもやってやろーか」
左の乳首も同じようにされる。
「やだっ……やめろって! こんなことしていいのはヤヒロさんだけなんだからっ!」
「その愛しのヤヒロさんはさ、今頃他の奴に股ひらいてるよ。あんたにはヤヒロさんしかいないかもしれないけど、ヤヒロさんにとってはあんたは大勢の中のひとりでしかないんだから」
分かってた。そんなこと。
でも何でこいつなんかに言われなきゃいけないんだ。
涙が零れそうになる。悔しさと、そして快楽とで。
「ははっ、絆創膏越しでも分かる。勃ってんじゃん」
「やっ、めろ……っ」
左右交互に、そしておもむろに両方同時につつかれる。完全におもちゃ扱いだ。悔しい、悔しい、悔しい。
ぎゅっと目を閉じていると、ふいに刺激がなくなった。おそるおそる目をあけると、ナオトがにいっ、と唇の端を吊り上げて笑う。
「やってほしい?」
「ばっ……そんなわけないだろ!」
「胸、反ってるけど?」
慌てて背もたれに背中をくっつける。冗談だ。こんな奴に。もっとさわってほしい……なんて。
「言えよ。乳首つんつんしてほしいって。ほーら。……ちっ、正直じゃねーな。だったらこうやって指、近づけてやるからさ。自分から胸、反らしてみろよ」
「ぜ……ったい、するか!」
「いつまで我慢できるかねー?」
からかうように、胸の前で指をくるくるされる。
やだ。やだやだやだこんな奴なんかに屈してたまるか。
指を近づけたり遠ざけたり。猫をじゃらすみたいに。ひとを何だと思ってるんだ。
ぐっと睨みつけたそのとき……
「……んだよ、これ」
聞こえるか聞こえないかの声で、ナオトが呟いた。
何、と聞き返すより早く……
「何すっ……うああっ!」
容赦ない力で、絆創膏ごと乳首をひねり上げられた。
「ひいっ、いった……痛いっ! ち、ちぎれる! ちぎれ、ちゃう……!」
ナオトの表情が、さっきまでとまるで違う。からかうような、軽薄な感じはまるでなく、まるで親の敵と相対しているみたいに、冷酷な目で見下ろしてくる。
「ねえ、何で君ばっかりがヤヒロさんに可愛がられるの」
「はっ……な、に、言って……」
「これ、ヤヒロさんに貼ってもらったんだろ? ……邪魔だな」
ひねり上げた勢いで、絆創膏を剥がされてしまった。
どうしよう。またヤヒロさんの言いつけを守れなかった。いや、それよりも……
「ああ……やだな、どうしよう、見える。君の肌に残ってる。ヤヒロさんがふれた跡。ああ……嫌だ、嫌だ、見たくない」
彼は一体『誰』だ……?
「やっ、やめ、……いっ、いやああああああっ!」
乳首に思いきり歯を立てられた。
どれくらいそうされていたか分からない。
ゆっくり顔を上げた彼の唇を濡らしている赤い液体が、自分の血だということが理解できなかった。
おそるおそる胸に目をやる。絶対ちぎれていると思ったのに、乳首はまだちゃんとそこにあった。
人間の身体は、そう簡単には壊れないんだな、と、急に冷静に思う。
……それも、そうか。
あんなに深くナイフを突き立てたのに、自分の首は胴体から離れなかったな……
つうっ、と、胸を滴る血を見下ろす。
ああ、これで……
これでまたヤヒロさんに絆創膏を貼ってもらえる。