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腐男子育海の青春編⑷

執筆:八束さん

 

 

 

 プールに長い間(寛人先輩といちゃついて)いたせいで、身体がすっかり冷えてしまった。シャワーの前にトイレに行こうとしたら、先輩も後からやってきた。
 先行ってください、と、譲ろうとしたら、後ろから腰に手を回された。
「八尋がするとこ、見たい」
「はあっ? 何言ってんですか!」
 抵抗する間もなく水着をずり下ろされる。
「見せて?」
「何でっ、嫌ですよっ」
「なら……
 すると先輩は、首筋に唇をつけて言った。
「跡つけちゃうけど」
「跡、って……
「本当は見えるところ全部につけたい。首筋も胸もお腹も腕も脚も全部。でもそれじゃあ部活ができなくなってしまうから、ずっと我慢してた。でももう、我慢の限界。八尋の身体を他の奴らに見られたくない」
 そう言うと先輩は本当に音を立てて吸い上げた。
「嘘っ……本当に、やめっ……
 自分で自分の首の後ろを見られないのがもどかしい。
「大丈夫、髪で隠れるところだから。でもこのまま八尋が無駄な抵抗を続けるなら、本気で見えるところにもつけちゃおうかな。どっちがいい? 身体中跡をつけられるのと、おしっこしてるとこ見られるのと」
「それ選択肢になってませんから!」
 どっちを選んでも最悪だ。
 何でそういうことを思いつくんだろうこのひとは。
「苦渋の決断だったんだよ。本当は今すぐにでも部活を辞めてほしいくらいだけど、でもそれはできないから。だから代わりに、誰にも見せたことのない姿を見たいんだ。俺しか知らない」
「そんなの、今までだって散々……
 恥ずかしいところも、いやらしいところも、先輩にしか見せたことがないのに。今だって。
「んんっ……
 下腹部をやわやわと撫でられて、思わず声が漏れる。脚ががくがくする。
 こんなところ、誰にも見せられない。
 一応後輩には頼れる先輩、で通っている。こんなところを見られたらきっと幻滅されてしまう。見せられるのは先輩の前でだけだ。
「ほら、ねえ、どうするの?」
 耳たぶを噛むようにされる。嫌な汗が背中を伝う。
「う……あっ、駄目っ、そこ押しちゃ駄目っ」
「それ、押して、って言ってるようなもんだよね」
「あっ……あああっ!」
 腰を後ろから突き出すようにされ、ペニスに手を添えられた瞬間、限界が来た。じょろじょろ、と、便器に叩きつける音が大きく響いて恥ずかしい。ずっと我慢していたせいもあって量も多く、なかなか終わらない。
「やだっ……やだお願い先輩見ないでっ」
「大丈夫、可愛いよ」
 そう囁かれ、また全身がカッと熱くなる。
 どうなってしまうんだろう。
 先輩に甘やかされ、どんどん駄目になってしまう。こんな恥ずかしい姿をさらしているのに、気持ちいいと思ってしまう。
「あっ……ああ……
 勢いをなくしてくたりとしたペニスを、先輩が撫でさする。そんなことされると、さっきまでとは違う理由で腰が揺れてしまう。もう変化を見せ始めていることに、先輩はとっくに気づいているだろう。
「せんぱい……
「ん?」
「こ、んどは……

「『今度は白いおしっこ出しちゃってもいいですか?』」
「あああああああっ! 駄目駄目駄目勝手に見んなあ十波いいいっ!」
 十波の手からバッとノートを奪い取る。まったくこいつは油断も隙もない! ……いや、妄想ノートを無防備に放置していた自分が隙だらけなのか。いやいやいや。
「またひっでえ話書いてんな。てか、リアル設定は罪悪感があるからしない、って前言ってたじゃねーか。それなのにこのざまか」
「だってここ最近先輩と会えてないし……
 それに写真の件があってから、警戒しているのか、二人は学校内でいちゃいちゃするどころか、話をすることすら避けているみたいだ。
「ああ……俺の癒やしが……
 くっそ、盗撮した奴がマジで恨めしい。何て……まったくなんってことをしてくれたんだ! このまま一生、尊い絵面を拝めなくなったらどうしてくれる!
 憤怒。憤怒がおさまらない。
「しかし小説に漫画にイラストに……って、落ち着きねえなあ、お前の創作」
 そしてまたいつの間にか十波はノートをぱらぱらめくっている。ああもう話が通じない。
「とりあえず妄想をバーッと吐き出したあとに、シーンを厳選して漫画にしようとしてたんだよ!」
「あっそ」
「でも参考資料が……今、参考資料がまったくない状態で苦しい」
「じゃあ、ほら」
 十波がずいっとスマホを翳して、れいの写真を見せつけてくる。
「う、あああ……
 八尋先輩を傷つけた写真で自分は何て……! と罪悪感に苛まれながらも、醜い欲望は良心を簡単に押し流してしまう。正直に言う。やっぱり、萌える。
「パブロフの犬みたいに涎だらだら垂らしてんじゃねえよ」
「垂らしてない!」
「じゃあこの手は何なんだよ。無意識に股間に手、やるなよ変態」
 はっ。確かに臨戦態勢になっていた。十波の足が股間に、思ったより強い勢いで当たる。痛い。
 十波が足を上げた瞬間、スカートがまくれて中がちらりと見えたが、男のパンチラなんて嬉しくとも何ともない。……いや、八尋先輩なら嬉しいかな。
「って、スカートの中見んな変態」
「見てな(くはないけど)……、お前のパンツなんて有り難くとも何ともないわ」
「お前が変態だからって友だちをやめようとは思わないけど、流石にお前の妄想の世界の住人にされたら俺、考えるからな」
「しねーっての! お前なんか入れたらせっかくの美しい絵面がよごれるだろうが」
「は? 何? 俺は美しくないって? 失礼な」
「ああもう何だよ面倒くさいなもう」
 すると十波は立ち上がり、おもむろにスカートをたくしあげた。トランクスが丸見えになる。
「やっぱこれだけが気がかりだったんだよな。俺の美意識に反するというか」
「はあっ? ちょっともう、変なもん見せるな」
「おしゃれは足元から、女装は下着から、って言うじゃん?」
「言うか! つーか知らんわ!」
「やっぱ内から磨かないと外にも反映してこねーんだよな。そろそろ女の子ものの下着が欲しいと思ってたんだよ。でもやっぱ買いに行くのは勇気いるじゃん? 補導されても嫌だし。女のきょうだいがいたらよかったんだけど、あいにく兄貴しかいねーしな」
 ……何だろう。何か嫌な予感がする。
「で、ものは相談なんだけど、親友」
 印籠のように十波はずい、っと、スマホを差し出してくる。
「この画像、欲しい? 保存してないって言ってたもんな」
「欲し……
 ああ、本当に、どうして即行、保存しなかったんだろう。って……
「送ってやってもいいけど。その代わり、交換条件」
 嫌な予感的中……

(ああだから何で俺が何で俺が何で俺がこんなこと……!)
 スーパーの女性用下着売り場を往復すること数十回。
『往生際悪いな。今から十分以内に買ってこなかったらオカズ画像消去する』という、十波からの脅迫ラインが入る。つーかオカズ画像、なんて失礼な。八尋先輩の神聖な痴態を! ……神聖と痴態を一緒にしちゃいけない気もするけど、ま、いっか。
 サイズもデザインも知るか。適当に一枚つかんでレジにダッシュしようとしたとき、
「わっ」
 誰かにぶつかって尻餅をついた。
「ちょっと依音、慌てすぎ……って、あれー、育海じゃん」
 双子の依音と直央。今一番会いたくない奴に会ってしまった。
 ひらり、と床に落ちたパンツを慌てて拾って後ろ手に隠したが、遅かった。
「何々……って、わー、女の子のパンツじゃーん、やらしー」
「それ買って何しようとしてたんだよ」
「何もしようとしてない! ってーかこれは俺のじゃなくて頼まれただけだから!」
「誰に頼まれるんだよ。育海、彼女なんていないだろ」
 うぐっ。痛いところを突いてくる……
「それでオナニーしようとしてたんじゃないのー?」
「あー、そういうこと。気持ちいいことには弱そうだもんねえ。この前もちょっと乳首いじっただけで勃ってたし。それならもうちょっと薄い生地の方がいいんじゃなーい? あ、ローションは多めに使った方がいいよ」
 ケタケタケタ、と揃って双子が笑う。
「って、直央、何でそんなこと知ってんの」
「ネットで見たことあるだけだよ。有名だろ、ガーゼとかストッキングとか」
「えー、あやしい。まさか俺を置いて兄さんと試したんじゃないの? ひどい、抜け駆け!」
「どこに証拠があるんだよ。お前だって……
 都合よく二人が言い争いを始めたので、そそくさとその場から退散する。まったく、前もそうだったけど、仲いいのか悪いのか分からない双子だな。
 やっとの思いで十波のところまで戻ったのに、十波は「遅い」と一言。腕を組んで、足をタンタン鳴らしている。もちろん女装姿。アニメで出てくる女王様キャラみたいだ。
 十波は育海から袋を奪うなり、中を取り出しかけている。おいおいおい、もうちょっとひとけのないところで……と言おうとした矢先、
(ひいっ!)
 人通りの中に、八尋先輩の姿を見つけてしまった。
(ああ、ああああ……!)
 しかもばっちり目が合って、八尋先輩がこっちに向かってくる。
「十波っ、十波十波十波ちょっと別のところに……
「あー、何でこんなの買ってくるかなー、もっと可愛らしいの他にあっただろ。てかほとんど紐じゃんエロすぎ」
「十波!」
 裾をぐいぐい引っ張る。ようやく気づいたらしい十波が「あ」と声を漏らしたが、
「育海くん、私にこんな下着着せて何するつもりだったのー? エッチー」
 と、こともあろうか悪ノリしやがった。腕を絡ませ、(ぺったんこの)胸をぐいぐい押しつけてくる。あああ、やめろ、あああああっ!
 八尋先輩の歩みがぴたり、と、止まる。何かを(悪い方に)察したらしい八尋先輩は、軽く微笑むとくるりと背を向けてしまった。
 あああっ、待って、違うんです、待ってえええ!
 何てことだ。
 失意の八尋先輩を尻目に、女の子と浮かれてエロいことばっか考えてる軽率リア充だと思われてしまった!
「違う! 違うんです八尋先輩! 違ううううっ!」
 がっくりと膝を折る。駄目だ。再起不能。立ち上がれそうにない。だばだばだば、と、この心境をイラスト化したら、涙が滝のように溢れている。
 まるでこれで涙を拭けと言わんばかりに、項垂れた頭の上に、十波がパンティをひらり、と落とした。