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腐男子育海の青春編⑶

執筆:七賀

 

 

 

「んうぅっ!」
十波に散々ぶちまけた後、またひとりで自慰をおっぱじめた。でもしょうがないだろ、こっちの意思に反してアソコは勃つ。この世で一番正直者なんだ。
梶谷は憎い。でも八尋先輩をあれだけ淫らにできるのは、恐らく彼だけだ。十波には悪いと思ったけど、バイブ型クッションにペニスを擦り付ける。快感と罪悪感で頭が爆発しそうだったけど、もう止まれない。
シャワー室で八尋先輩の喘ぎ声録音しとけば良かったな、とちょっと後悔した。
このクッションが先輩だったら良いのに。そしたらどこにぶちまけるかめちゃくちゃ悩んだ。真っ白な腹の上か、綺麗に膨らんだお尻か、いっそ顔射……と想像を巡らせたところで射精してしまった。
肩を震わせながら息を吐いた。俺ってやっぱ誰とも交わらなくても、妄想だけで満足できる。
いつもならBL漫画のお気に入りのシーンを見ながらシコるところだけど、先輩の裸を想像したらあっという間にイけた。
熱が冷めてきた頃、ふと十波の言葉を思い出した。
『目をつけていたのはお前だけじゃなかったみたいだな』。
未成年も隠れて見ている闇掲示板。そのサイトに、八尋先輩と梶谷が抱き合っている写真が公開されている。八尋先輩の裸を不特定多数の奴らが眺めて、しかも隠れてシコってるんだとしたらゾッとする。
そして腹が立つ。先輩をおかずにしたことを死をもって償わせたい。
でも写真を公開した犯人を特定するのは不可能に近い。週明け、学校へ向かうとやはりその話題を耳にした。
「なぁなぁ見た? 二年の深海先輩と、三年の梶谷先輩のエロい写真!」
「おー。さっきサイト見たら消されてたけど、誰かしら保存してるだろうからな。また拝めるかも」
もう消されてるのか。教室の隅でこそっとサイトにアクセスすると、確かに問題の写真はなかった。あぁっ、ていうか俺も保存しておけば良かった! そしたらいつでもオカズにできたのに!
歯ぎしりしながらスマホを机に置く。このサイトの管理人は対応が遅いという書き込みを見たことがあるから、写真は投稿者本人が消した可能性がある。公開して、ある程度見せつけてから消した。……まるで見せしめだ。一体何が目的なんだ。
待ちに待った昼休み、八尋先輩の教室へ向かった。顔を合わせるつもりはない。ただ、どんな様子なのか気になってしまった。
けど教室に先輩の姿はなくて、念の為近くの二年生に訊いてみると学校を休んでいるとのことだった。
まさか先輩、写真のことを知って寝込んでるのかな……
今すぐ早退して先輩の家に行きたい衝動に駆られた。せめてもう写真は消されてると伝えてあげたいけど、幼馴染の俺からそんな話を聞かされるのも苦痛かもしれない。
休み時間が終わりそうなのでひとまず一年の教室へ戻る。すると何故か俺の机の周りに人集りができていた。
なんだ……不安に突き動かされて歩く速度を上げる。見ると、皆は机に置いてある一冊の本に注目していた。
やけにつるつるした、ほぼ全裸の男達が抱き合っている表紙の本。これは……
「うわああああ!」
間違いない、BL漫画だ。クラスメイトを押し飛ばし、表紙側を胸に押し当てる。
「えっ、それって育海の?」
「違うよ! 違う! 誰かが俺の机の上に置いたんだ!」
全力で否定してから、表紙を盗み見る。やっぱり俺の持ってる漫画じゃない。全体的にピンク……これはちょっと見覚えがない。家の本棚には三桁近く漫画があるけど、学校には持ってきたりしてないし。
「一体誰が……!」
「あ、そういえばさっき違うクラスの奴らがここにいたよ。名前は分かんないけど、あいつらが置いたんじゃないかな」
「あいつら……?」
クラスメイトの言葉に返した時、廊下でこちらの様子を窺う人影が見えた。視線に気付くと足早に立ち去った為、漫画を持って後を追う。
「あ、育海! お前それひとりで楽しむ気か!」
違う。しかし弁解する余裕はなかった為、皆を残して教室を飛び出した。人影は屋上階段の方へ向かった。
もし俺が腐男子だと学校中に広まったら、八尋先輩達の問題が少し鎮火するかもしれない。でもやっぱりごめんだ。先輩のことは梶谷が死ぬ気で守るだろうけど、俺のことは誰も守ってくれない。
俺は独りだ。自分の身は自分で守らないといけない……
屋上には出られないから階段の先は行き止まり。もう追い詰めたも同然だった。廊下の角を曲がり、最後の踊り場に差し掛かった、その時。
「うわっ!?」
突然足を引っ掛けられて前へ転倒してしまった。逃げる相手に気をとられ、別の生徒が横に潜んでいたことに全く気付かなかった。転んだ拍子に落としてしまったBL漫画が拾われる。
「はははっ。危ないよー、そんな走っちゃ」
可笑しそうに笑い、育海を転ばせた少年は屈み込んだ。膝を打った痛みで動けずにいると、襟を掴まれて引き起こされた。状況が理解できずに戸惑う。すると、今度はもうひとりの少年が階段から降りてきた。
「おい依音、今のは危険過ぎ。怪我させたらどうすんだよ、俺が怒られるだろ」
「ごめんごめん。超必死だから可愛くて」
現れたのは、そっくりな顔をした二人の少年。名前こそ知らないが、育海も彼らのことを知っている。入学したばかりの頃、同じ学年にイケメンの双子がいると噂になっていた。恐らく彼らのことだ。
「育海君だよね。俺は直央、こっちは弟の依音。君、この前プールで深海八尋が恋人とイチャついてるところを見てたでしょ」
「なっ、何でそれ知って……!」
慌てて顔を上げると、依音が口を開いた。
「ん? 俺達は更衣室から出てくる君を見ただけだけど、その驚き方はアタリだったかー。やっぱり直央のカンは馬鹿にできないね」
カマをかけられた。口元を手で覆うけど遅くて、密かに臍を噛む。
「当然。深海先輩の身の回りのことを調べれば兄さんが褒めてくれるからね」
「あ、抜け駆けしようとしてるな! ズルいぞ!」
「悔しかったらお前もたまには頭と足使えよ。……ま、俺達もあの時、校舎からプールを見てたんだ。他にも見てる奴がいたっぽいけど、そいつらは特に何もしてないみたい。俺達が拡散した写真しかサイトにないから、もしかしたら陰でおかずにしてんのかもね」
あの写真はこいつらが……
すぐに責め立ててやりたかったけど、次々と新たな単語が出てきてつっこみが追いつかない。情けなく口を開閉してると、今度は顎を掴まれた。
「あの二人って学校じゃすごい人気なんだよ。俺達の目的は深海先輩だけど、君も先輩を狙ってるって知って驚いたよ」
「な、何で?」
「気付いてないかもしれないけど、君って結構有名人だよ。BL漫画とか読んでる、陰キャな腐男子達に大人気なんだ」
え。頭が真っ白になった途端、後ろにいた依音に腕を掴まれた。なにか固い紐で縛られる。
「ち、ちょっとやだ! 何してんだよ!」
「そんな暴れないで、仲良くしようよ。お近づきの印に良いことしてあげるから」
「ひっ!? ちちちちょっと、やだやだ!」
ブレザーの下に着ているパーカーを捲り上げられる。屋上階段は嫌にひんやりとしていて、外気の冷たさがじわじわ肌に広がっていった。
「あれ、怖いのかな。乳首立ってる」
「うあっ!」
依音の指が育海の右の乳首に触れる。直央はノーリアクションで左の乳首を弄った。
両腕を縛られ、上から押さえ付けられる。こうなったら蹴り飛ばしてやる、と片脚を浮かせたけど、逆に掴まれて股間を触られた。
「思ったより好戦的じゃん」
「依音にムカついてんだろ」
「お前もしてること変わんねーじゃん!」
そして愛撫の合間に必ず双子の衝突が入るので、中々先に進まない。それは救いだった。
しかし直央は咳払いして、育海の耳朶に熱い吐息を吹き掛ける。色んな意味でぞくぞくした。快感と嫌悪が丁度いいバランスで混ざり合っている。
八尋先輩以外に触られたくなかったから、生理的に目頭が熱くなった。
「そんなに嫌がんないでよ。俺達、どっちかって言うと君の味方なんだから」
育海の反応を見て、直央は微笑んだ。
「味方?」
「そ。君、深海先輩のこと好きなんだろ? じゃあ彼と今付き合ってる三年の梶谷が邪魔じゃない?  だから協力しようよ。俺達もあいつらに別れてほしいんだ。深海先輩にはもっと相応しい相手がいるしね。それは俺らの……
「何してるの?」
この場の空気より冷たい声が、直央の言葉を遮った。見下ろしていた床が陰っていく。人影だと分かった時、依音が後ろに倒れた。おかげで少し自由になる。
「いって、誰だよ……って、あっ!」
依音は自分を突き飛ばした相手を睨んだが、すぐさま青ざめて姿勢を正した。何故ならそこには、噂の張本人、梶谷先輩が立っていたからだ。
「こんな見つかりやすい場所でおいたするなんて、君達も人のこと言えないね」
徐々に距離を詰め、逃げ場をなくしていく。てっきり何かするのかと思ったど、彼はため息をつくだけだった。
「写真の流出は、俺の警戒心が足りずに招いたミスだ。でもこれ以上なにかするつもりなら絶対に許さない。って、君達のお兄さんに伝えてくれる?」
「ちっ……行くぞ、依音」
「えぇっ! ……もう!」
直央はあっさり身を翻し、依音を連れて階段を降りていった。残るは寛人と、床に座り込む育海だけ。
彼が現れたことが未だに信じられなかった。
「大丈夫? すごい恰好だけど」
「え。うわあぁ、見ないでください!」
一度はアソコも見られているけど、だからって何度も見られて良いわけじゃない。中途半端に下ろされた下着が脚に絡まりつく。何とか身を捩って梶谷の視界から隠した。
彼は黙って腕の紐を解いてくれた。このまま写真を撮って脅してくるんじゃないかとビクビクしていたので、内心見直した。
「プールの写真、最初は君がネットに上げたと思ったんだ。それで君のことを行動を見ていたんだけど、さっきの二人の話を聞いて誰の仕業が分かった」
「だ、誰なんですか……?」
恐る恐る尋ねたものの、梶谷は微笑むだけで答えはしなかった。代わりに別の質問を投げ掛けてきた。
「君も八尋のことが好きなんだよね」
「ほえっ」
反射的に正座した。もちろん見抜かれてると思ってたけど、改めて言われると身構えるし、返事に困ってしまう。
「今でも俺と八尋に別れてほしいと思う?」
ほえ……っ。
はだけた襟を掴んだ。まだ、あいつらに触られたところがチリチリと痛む。項垂れるように俯いた。
梶谷先輩のことは好きじゃない。でも八尋先輩を笑顔にできるのは、きっと彼だけだ。
俺が割り込む余地なんてない。彼らの繋がりは、誰も引き裂いちゃいけないんだ。
……八尋先輩のこと、守ってあげてください」
そしてまた、俺が興奮できるプレイを見せてください。
「ありがとう」
梶谷先輩はまた笑った。今までで一番、自然な笑顔だった。思わず見惚れてしまう。
あれ……おかしいぞ、何で俺顔が熱くなってんの。
慌てて彼から顔を逸らして、ズボンを引き上げる。梶谷先輩は踊り場の小窓から外を窺い、目を細めていた。
「八尋は写真のことを知って傷付いてる。心配だから、今日はもう帰るよ。君も彼らに目をつけられたようだから気を付けて。さっきの双子の兄は八尋のことを昔から狙っていて、彼に近付く子を排除してきたから」
……排除。聞き慣れない物騒な言葉に鳥肌が立つ。
「双子の兄ってどんな人なんですか?」
「この学校の裏の生徒会長さ。彼を崇拝している親衛隊員がたくさんいるから、今後彼らが君を攻撃してくるかもしれない」
しんっ……親衛隊?
まるでラブコメの展開じゃないか。俺はただのモブキャラですっていうプラカードを首から下げて生活したい。
今さらだけど、自分がとんでもない世界に踏み込んでしまったのだと気付いて後悔した。