実験2〔白昼〕

執筆:七賀

 

 

「あぁあ……っ!」
一際甲高い叫びを上げた後、弟はイッた。
否、イかされた。
医務室のベッドが軋む音もぴたりと止む。はしたなく喘ぐ声が早く止めばいいと思ったのに、実際は突如生まれた静寂の方が気味悪かった。
自分の愛玩動物を好き勝手にされて、朗らかでいるのもおかしい。
秤にかけられた理性と狂気。どちらを振り落とそうか考えていた、そのとき。
「覗き見が趣味ですか」
不意にこちらへ掛けられた声。ため息と一笑が同時に出た。組んでいた腕を解き、ゆっくり部屋の中へ入る。
「知らないふりして立ち去ってあげようか考えていたのに……ヤヒロさんは薄氷を踏むのが本当に好きですよね。それかただのマゾヒストなのか」
最大限嫌味を込めて笑ったものの、ベッドの脇に寄りかかる彼は眉ひとつ動かさない。張り付いた笑顔と、湿気を纏った瞳でじっと見つめてくる。その隣では、あられもない姿のナオトが眠っていた。
まったく、離してもくっつけても学習しない子だ。後でお仕置きしないと。
簡単に人を信じ、弄ばれる。その単純さが愛おしかったはずだが、今日はやたらと黒い感情が渦巻いている。
大切なものと好きなものが自分の知らないところで変化を遂げている、という疎外感のせいなのだろうか。こんなことに腹を立てている狭量な自分に呆れてしまう。
こちらの笑顔をどう受け取ったのか分からないが、ヤヒロは黙って寄りかかってきた。ぶら下がった手が尚登の腰に回ろうとしていたので、すかさず手首を掴む。
「場所を変えましょう」
抜け殻のような彼を引き寄せて外の桟橋へ向かった。最初はナオトを守る為に移動したのに、歩いてるうちに考えが変わって、ヤヒロをナオトから守ろうとしてることに気が付いた。
最近の彼は他人の色に染まり過ぎなのだ。身体を明け渡すのは前からだけど、輪をかけて投げやりになってる。
「もういいでしょ。離してください」
パッと手が離れる。せっかく海が見える場所に来たのに、彼は来た道を戻って木陰の中へ入ってしまった。
「たまには役に立ってくれるのかと思ったら、散歩に付き合わされただけでしたか」
失望した眼差しと紅潮した頬は、いくらか尚登の機嫌を良くした。
「あれ、俺でも良いぐらい切羽詰まってました? 気付かなくてすいません」
木の幹に押し当てて、彼の唇を貪る。たまっていたのはどっちか、等と言わせるつもりはなかった。
白昼堂々、身体より欲望を剥き出しにしている。ヤヒロは抵抗する素振りもなく、簡単に指を受け入れた。一応彼が安心するように前から抱き着いているが、高い位置から見られたら自分達がしている行為は丸わかりだろう。
今こんなリスクを払う価値があるのが分からないが、今でないと、こんな風に彼を抱けない。指を増やす度、背中に回された手に力が入る。ジャケットの上からでも痛いほど、爪が食い込んでいる。
「ふっ……う、ぐ……っ」
彼にしては珍しく呻き声が多い。また例の薬を大量に使ってるのかもしれない。
「あなたって人は、やっぱりマゾヒストかもしれませんね」
向きを回転させ、幹に手をつかせる。そして一気に後ろを貫いた。彼の全身が震える。
あぁ、良い。この瞬間はこれだけでイきそうになる。
さっきまでシてたんじゃないか、と思うほど中はすぐに馴染んだ。足したローションは全部零れ落ちてしまい、彼の白いズボンをぬらしていく。灰色の染みに視線を落としながら、彼を汚している実感に震えた。
ナオトの中を抉っていた、彼の性器を容赦なく握る。そこは既に硬く、擦るとくちゅくちゅ音が鳴った。
感じている。今日は何としても彼の口から言わせくなった。激しい突きを繰り返すと、彼は段々仰け反って尚登に背中を預けるようになった。体重の軽い彼を抱き抱え、白いうなじに目をやる。戯れに噛み付くと、中が強く締まった。まさかこういうプレイもよくしてるんだろうか……と想像を巡らせて、やっぱり自分には向かないと思い直す。
傷つけることが目的ではないから、愛撫も執拗になってしまう。そういうところがヤヒロからすれば気に入らないのだろう。彼はやるならさっさと絶頂に登りつめたいタイプだ。
相性は最悪。けど、そんな彼だからこそ、捕らえて離したくない。もういやだと泣いて喚くまで甘やかして、内から外から溶かしてやりたい。
この願望とセックスしている。きっとまた、あの時の姿を見たいからだ。
……
愛しい人の名前を呼ぶ、少年の顔をした彼を。
「しつこい……っ。いつまで同じことやってんですか」
同じ体勢、突き方を続けた為、痺れを切らした彼が振り返って睨んできた。
「本当に退屈。だから嫌なんですよ、あなたって人は」
絶対痛みには頼らない、優しいセックス。彼の呟きはどこか懐かしくて、過去を連想させた。
たまに感情を読み取らせてくれる。そういうところが可愛いと思う。いや、可愛いというか……純粋に愛おしい。
片脚を持ち上げ、一際激しく中を抉った。
……ヒロトさんにも、優しく抱いてもらっていたんでしょう?」
耳元で囁き、奥の出っ張りを擦り上げる。
「あっ!」
二回擦っただけで彼はイッた。しなやかに身を捩らせ、自分から腰を擦り付ける。吐き出した液体が、わずかに木の幹に掛かる。下へ伝うそれは酷く非現実的だ。
彼を支えて、目の前を確認させる。
「見てください、ヤヒロさんの……。何だか樹液みたい」
……っ」
照れてるというよりは呆れたような息遣いだった。でも満足して後ろから抱き締める。
彼の身体を満たすことができる相手はいくらでも居るだろう。けど心を満たすことができるのは、きっとこの世界に一人だけ。
「本当に不思議なひとですね、ヤヒロさんは」
どんなに不敵に構えても、彼の名前を聞いただけで簡単にイッてしまう、いじらしい少年に成り下がる。
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」
ぐしゃぐしゃになった白衣に気付いて、これはクリーニング代払っておいた方が良いかな、と呑気に考えた。どうせ外へ帰ったらまたナオトの服を買い揃えないといけないし、……新しく迎える彼の日用品も準備する必要がある。
貴方が弟を手懐けているように。貴方の愛しい人は、俺が暴いていく。
気だるげに瞼を伏せる彼を見て、声もなく笑った。