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ホワイトデー青春篇

執筆:八束さん

 

 

 

「何、拗ねてるの?」
「拗ねてなんかいません」
「その言い方がもう拗ねてる」
「ああ、だから、もう……!」
 こうなってしまったらもう、寛人先輩の掌の上で踊らされることになる。
「先輩は律儀にお返しするんだな、って思っただけです」
 クラスの女子からチョコを貰いまくる先輩を指をくわえて見ていなきゃならないという地獄のバレンタインを乗り切ったと思ったら、今度は、クラスの女子に律儀にお返しをして回る先輩を指をくわえて見ていなきゃならないなんて。
「お返ししないわけにもいかないし」
「そりゃそうですけど」
 お返しなんてしないでほしい。というかそもそも、バレンタインに何も貰わないでほしかった。でもそんな風に皆から好かれていて、気遣いのできる先輩だからこそ好きになった、というのもあって。
 複雑だ。
 と、とっても複雑な心境を、シンプルな単語ひとつでまとめてしまった。
「あ、ごめん。真っ先に八尋に渡すべきだったな」
 違う。
 そんなのいらないです。
 と、子どもっぽく反抗してみたくなった。でもそんなことをしたって先輩を困らせるだけだと、思いとどまる。
 お返しなんて。
 それより先輩が自分だけのものだという証が欲しかったのに。
「はい、これ」
 渡されたのは細長い箱。女子に渡していた包みとは違う。それだけで簡単に浮き足だってしまう自分が嫌になる。あけてみて、と促される。
「これって……
 前に学校帰り、二人で文具店に立ち寄ったとき、一目惚れして思わずショーケースにへばりつくように見てしまったボールペンだった。
「欲しかったの、これであってた?」
「あってる……あってます」
「よかった。ちょっとどきどきしてたんだ。はずしたらどうしようって」
「はずすなんて……
 たとえ趣味じゃないものだとしても、先輩から贈られたものならきっとひといきでお気に入り、になる。
「どうして……ですか」
「ん?」
 どうしてそんなに完璧なんですか。
 ペンをぎゅっと握りしめた。そのときだった。

 ……くれぐれもそれで『悪いこと』をしちゃ駄目だよ。

「え……?」
「八尋? どうした?」
「先輩……今、何か言いました?」
「いや、何も……
「何か、悪いことをするな、って、聞こえたような……
「誰もいないけど?」
「ですよね。すみません。空耳だったのかな」
「もしかしたら」
 と、先輩がいきなり肩を抱き寄せてきた。
「せんぱ……
 唇を塞がれる。
 口から、身体の奥へ、奥へ、ゆっくりと蜂蜜を垂らされていくみたいだ。それが一番敏感なところに垂れ落ちるほんの直前で、離れる唇。
「もしかしたら、見透かされていたのかも」と、先輩が囁く。「八尋と早くこういうことがしたい、って」
「これは悪いこと、ですか」
 右手にペンを持ったまま、先輩の首根っこにしがみつく。
「先輩からお返しを貰ってるだけです」
「あげたのに」
「まだ足りないです」
「欲張り」
 家まで我慢して、とポン、と、頭を叩かれる。
 我慢したら……先輩は、くれる。してくれる。自分だけの、『お返し』
 醜い期待に顔が歪んでいるのが分かったから、しばらくしがみついたまま、顔を上げることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 イラスト:七賀