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夜が繋がる

執筆:八束さん

 

 

「夜が繋がる」

『夜紘』と呼ぶと、彼のナカがきゅうっ、と締まった。
 彼は名前を呼ばれることを喜ぶ。
 研究員、でも、夫、でも……そして父、でもない、ひとりの人間に戻りたいのだという。
 気づかないフリをして、それまでふれてこなかった前にふれてやると、腰がびくんと跳ねた。もっと、もっとさわって、と、ねだってくる。
「教授にさわってもらうと、きれいになれる気がするんです」
「気持ちいい、じゃなくて?」
「それは当然」
 腹を撫で上げ、乳首をつまむ。前までは何も感じなかったそこも、あっという間に性器になった。
 日に日に膨れていく妻の腹を見ているとおかしくなりそうだ、と、彼が泣きついてきたのは三ヶ月前。親から強引に勧められた見合いで、もともと気乗りしていなかったのは知っていた。
 膨れた腹を悪魔が突き破ってくる夢に毎晩うなされるというから、薬を処方してやったのがきっかけだった。
 子どもに愛情なんて感じられない。そんな自分はおかしいのかと、彼は吐露した。
 小さいものを見て可愛いとか慈しみたいとか、そういう感情が、あるのは知っているけれど、実感できない。こんなことは、今まで誰にも言えなかった……と。
 乳首をつまんで軽く引っ張ると、背筋を反らせて彼はイった。イったばかりなのは分かっていたが、あえてナカのいいところをえぐり続ける。
 お望みどおり、将来を嘱望された優秀な研究員、や、若い父親、の仮面を剥いでやる。何なら理性的な人間、の仮面も剥いで、快楽に溺れる獣にしてやる。
「ヤヒロ」
 何度イかせたか分からない。
 汗に濡れて額に貼りついた前髪をかき上げてやると、彼こそが赤ん坊のように抱きついてきた。
 十日前、子どもがうまれてから、まだ一度も家に戻っていないらしい。研究を言い訳に研究室に籠もりきっているが、そろそろ戻った方がいい。
「ところで子どもの名前は決まったのか」と訊くと、彼は露骨に嫌そうな顔をして、言った。
「アクタ」
「アクタ?」
「塵芥の、芥。だって俺にとってはゴミですから、ゴミ。早く見えないところに捨ててしまいたい。視界から消えればいいんです、どうなったって。でもそれは妻に渋られました。流石に塵芥、とは言わなかったですけど、敏感に察したみたいで。だから、刹那、にしました。十のマイナス十八乗の、極小の単位。自分が研究しているミクロの世界になぞらえたんだ、って説明すると、妻は上機嫌で提案を受け入れました。馬鹿ですよね。一瞬のうちに消えてなくなればいい……って思って名づけたなんて、知りもしないで」
 はは……ははは……と、彼は乾いた笑い声を漏らした。笑い声は、どんどんいびつになっていく。これはまずい、と思ったから、鎮静剤を打って落ち着かせた。
「きょ、うじゅ……
 すきです、と呟きながら、彼は瞼を閉じる。
 その寝顔は天使のように邪気がなかった。

 寝顔を見ると確かに親子だ、と思う。
 一瞬で消されてしまうかに思えた子どもは、十五になった。
 呪われた名前を捨て、しかしまた自らに呪いをかけて戻ってきた。
 これでまた、新たな実験を始めることができる。