執筆:八束さん
〇月×日
砂時計の砂が落ちきる前にひっくり返し続けるように言われた。ヤヒロさんが戻ってくるまで。退屈だなと思ったけれど、あとでご褒美をくれると言われたから、がんばった。
目の前で同い年くらいの男の子がずっと震えている。
近寄ったら駄目だよとヤヒロさんに言われたけれど、彼の方から襲いかかってきて怖かった。でもヤヒロさんがすぐに助けに来てくれた。
〇月×日
ヤヒロさんが抱いてくれた。
でも部屋の隅に、また前とは別の男の子が蹲っていて、トナミ、トナミ……とずっとぶつぶつ言っていて不気味だった。
見せてあげようねとヤヒロさんに言われて、膝の上に乗せられて、脚をひらかされて、恥ずかしかった。見られて感じるとかありえないと思っていたけど、ヤヒロさんに揺さぶられていると、恥ずかしい気持ちがだんだん薄れて、ヤヒロさんを独り占めにしている優越感の方が大きくなっていった。
その子はどうなったのか、知らない。
ヤヒロさんに選ばれたのは僕だけだから。
〇月×日
ヤヒロさんが選んでくれたのは僕だけだけど、ヤヒロさんはいろんなひとに選ばれる。
島に来る薬屋さんは、ヤヒロさんと必ずと言っていいほど、いやらしいことをする。それが嫌で嫌でたまらない。
きたならしい手で、ヤヒロさんにさわるな。
ふたり追い払って、でも次から次へと新しい奴が来て、キリがない。ヤヒロさんはどうしてあんな奴らを受け入れるんだろう。いらいらして、もらった薬をぶちまけていたところを、おじさんに見られてしまった。知らないおじさん。
僕がずっとヤヒロさんと一緒にいられるようにしてくれると言ってくれた。
〇月×日
ヤヒロさんに近づく奴は皆、死んじゃえばいい。
視線の力で殺せたらいいのに。それくらいじっと見ている。
尚登。いつの間にかヤヒロさんの近くにいる。今一番、消したい大人。彼とセックスしているときのヤヒロさんは、他のひととセックスしているときと少し、違う気がする。「退屈だ」と尚登に向かって言いながらも、ヤヒロさんは楽しそうだった。
医務室から出て来た尚登に、うっかり見つかってしまう。「子どもには刺激が強かったかな」と、笑われた。死んじゃえ。
〇月×日
いらない、いらない、いらない、いらない奴らばっか。顔写真にバツ印をつけて消すことができたらいいのに。
ナオト、という奴が、最近調子に乗って、ヤヒロさんにべたべたしている。しかも会うたびに態度が変わって、すごく感じが悪い。この前は目も合わせずにサッと逃げたくせに、今日は、「あんたが気にしなきゃならないのは、俺でも兄さんでもないよ」なんて挑発してきた。尚登、は、ナオトの兄さんだったらしい。兄弟で同じ名前なんて変なの。
ナオトは言った。「ヒロトさんには敵いっこない」「ヤヒロさんはヒロトさんのことしか見ていない」「選ばれるもんか。あんたも、ナオも」
ナオ?
分かんないことばかり。どうでもいいや。むかつく。ああむかつく。皆、死んじゃえ。
〇月×日
おじさんは、『ヒロトさん』のことを知っているんだろうか。今度会ったら訊いてみよう。
〇月×日
おじさんに会った。ヒロトさんのことを訊いてみたけど、「どうしてそんなこと知りたいの?」と逆に訊かれてしまったから、それ以上訊けなくなった。
おじさんから薬を渡された。これをヤヒロさんに飲ませてほしいと。ヤヒロさんは薬を飲みたがらないらしい。もう大人なのに子どもみたいでどうしようもない、とおじさんは笑って言った。だからこっそり、飲ませなくちゃならない、と。
でもなかなかヤヒロさんに会う機会もないと言ったら、カルテを書いてあげるから病気のフリをすればいいと提案してくれた。おじさんは天才だ。『ひとりじゃ何もできない子』になったら、心置きなくヤヒロさんの傍にいられる。ずっとずっと、ヤヒロさんに甘やかしてもらえる。
おじさんからもらった薬は、医務室に置いてあるポットに、こっそり混ぜることにした。
〇月×日
おじさんが、ナナを抱いていた。あるとき急に姿を消したから、どこに行ったのかと思っていたのに。ナナはおじさんが飼っていた猫だったのか。
抱かせてもらって、でも、違和感を感じる。背中の模様。点々が七つあるからナナ、だったはずなのに、八個ある。数え間違いかと何度も確かめて見たけれど、やっぱり八個。ナナとは違う猫なのだろうか。もう一匹猫がいるの、とは、何となく訊けなかった。
〇月×日
おじさんが教授、と呼ばれていた。えらいひとだったらしい。