執筆:八束さん
子どもが泣く声で目が覚めた。
こちらに背を向けて肩を震わせている、誰か。
子どもだと思っていたけれど、実際確かめてみるとそうじゃなかった。
白衣の背中。
「ヤヒロ」
声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
一瞬少年のように見えて、どきりとする。
彼は白衣の下に何も身につけていなかった。
肩から白衣がずり落ちそうになっていたので、そっと引き上げてやる。
一体どうした、と、訊くより先に、彼は口をひらいた。
「もうこんなことしたくないんです」
その肩が震えていたのでたまらず引き寄せると、呆気ないほど簡単に体重を預けてきた。
こんなこと、が、何を指しているのか問い質す間もなく、縋りつかれた。
「好きです、ヒロトさん」
首の後ろに腕を回され、引き寄せられる。中途半端に肩にかかっていただけの白衣は、呆気なく地面に落ちた。それでもまだ白衣を着ているように、白い肌。ちらりと覗いた舌の赤さに目を奪われているうちに、くちづけられる。唇を離したとき丁度彼がまばたいて、こらえきれなかった涙が目尻から流れる。吸い寄せられるように舐め取っていた。
「好きです。ヒロトさんのことが好きで好きでどうしようもないんです。おかしくなる。ヒロトさんとずっとこうしていられるのなら、他に何もいらないんです。ずっと傍にいてください。お願いです。お願い……」
大丈夫だよ、傍にいるよと繰り返す。何にそんなに怯えているのか分からない。一体どうすれば緊張を解くことができるのだろう。
好きです、ヒロトさん、好き……と、キスを繰り返しながら喘ぐように言う。どれだけ密着しても足りないという風に力を入れて、脚を腰に絡めてくる。髪を優しく梳きながら、彼のものが張りつめているのを、密着している腹で感じる。ゆっくりしごいてやると、いやいや、と首を振る。
「駄目っ、イっちゃうから……」
震えながら、ヒロトのものに手を伸ばしてくる。
「一緒にイきたい。ヒロトさんの、感じながらイきたいです」
たいして慣らしてもいないのに、そこはすんなりとヒロトのものを飲み込んだ。全部飲み込むと、彼は満足げに息を吐いた。
「すごい……ヒロトさんのでいっぱいになってる……もっと……もっと来て……」
ぐちゃぐちゃと濡れた音が大きくなる。
「そこ、もっと突いて……もっとヒロトさん、感じたいっ……」
突くたびにびくびくと震え、透明な液を吐き出す。その様子をもっと見たくて、抉るように腰を回す。
「あっ……あぁ……ヒロトさん……気持ちいい……気持ちいい……ヒロトさんも、気持ちいい……?」
「うん、気持ちいいよ」
「ヒロトさんも、俺のこと好き?」
「うん、好きだよ」
「俺しかいらない? 俺がいれば他の何もいらない? 俺がヒロトさん以外何もいらないみたいに」
「うん、やっと気づいた。ヤヒロがいればそれでいい」
「嬉しい……もっと呼んで。ヒロトさんに名前呼ばれると、それだけで気持ちいいから」
ヤヒロ、と呼びながら抱き寄せる。ナカがきゅうっ、と締まって、それだけでイったのが分かった。一旦距離を置くと、
「や、だ……やめないで」
「でも……」
「いいんです。もっと突いて。ずっとイってたい。イきっぱなしがいいか、ら……ああっ」
理性が焼き切れる。
彼が自分の名前を呼ぶより多く、彼の名前を呼び、彼のナカに白い液体を吐き出す。ずっと痙攣している彼に引きずられるように、射精はなかなかおさまらなかった。
「あ、ついの、きてる……ヒロトさん、ので、いっぱいになってる……」
引き抜くと、とろりと零れ落ちてくる。ひくひくとひくついているそこは、抜いてしばらくしても口を塞ぐ様子がない。それを見ているとたまらず、またナカに突き入れていた。もっといっぱいにしたい。もっともっと、彼をいっぱいにしたい。彼の腹の上にも、薄く白濁した液体が広がっていく。
「あっ……ぁん、ああ……イ、くっ……う……あっ、また、イっちゃ、う……」
「は、……っ、ヤヒロ……っ」
「ヒロトさん……もっとおく……もっと、いっぱいにして……は、なさいで……」
「……っ、ヤヒロっ……ヤヒロ……!」
「あ、ああっ、ヒロトさんヒロトさんヒロトさん……っ!」
いつイったのかもよく分からない。ずっとイき続けている。幸せな時間を引き延ばすように、うっとりと腰を揺らめかせている。ぐちゅぐちゅと一定のリズムで響く音。「ずっとして」と言われたら、ずっとできそうな気さえしてくる。
永遠に。
ふうっ、と息をついたとき、彼が頬に手を伸ばしてきた。頬にふれ、しかしすぐに力を失い、パタリと床に落ちる。
「好きです、ヒロトさん」
「ん……」
「好きすぎて好きすぎて……殺しそうになっちゃうくらい」
「ヤヒロ……」
止まったと思ったのに、また彼の目からは涙が溢れる。もしかしたら彼が泣きやむのは唯一、性感に溺れているときだけなのではないか。
「自分で自分が信じられない。こんなにヒロトさんが好きなのに。好きだから。今にひどいことをヒロトさんにしてしまいそうで怖いんです。だからそうなる前に、ヒロトさん……」
どこから取り出したのか、彼の手にはナイフがある。
とても自然な動作で、彼はそれを自分の手に握らせてくる。
そこでハッと気づく。
そうだ、自分の手は義手だった。手も、足も。
なのにさっきまでどうして、彼のぬくもりをあんなにリアルに感じていたんだろう。
機械の手。
それを意識するなり、急に動きがぎこちなくなる。ぎこちない……どころか、まるで自由が利かない。自由が利かない……いや、違う。
自分の意思とは違う動きをしている。
「駄目だ、ヤヒロ……!」
押しのけなければならない。なのに左手は彼の腕をつかみ、右手に握らされたナイフの切っ先はぴたりと彼に狙い定めて動かない。
「ヤヒロ!」
切っ先が肌にふれる。なのに彼は逃げようともしない。こんなに近くにいるのに、遠くを見るような目をして。
柔らかな肉に食い込む刃。あたりがみるみる真っ赤に染まる。
床も、天井も、すべて、深紅に飲み込まれて……
ヤヒロ!
叫んだつもりなのに、声になっていなかった。
心臓がばくばくいっている。
何だ……さっきまでは一体……
額を伝う汗を拭おうとすると、ガシャン、と機械の関節が鳴る音がする。
ここは……
状況を把握するより先に、声がした。
「お目覚めですか」