実験

執筆:八束さん

 

 

 

「せーんせ」
 と、ドアの向こうからナオトが首だけ覗かせている。手招きすると、すぐにこちらにやって来た。手にはタッパを持っている。
「先生、これ、食べてみて」
 タッパの蓋をあけてみせる。中に入っていたのはチョコレートだった。
「君が作ったの?」
「うん、初めて作ったから自信なくて。感想聞かせて」
 明日は二月十四日。ということは自分は実験台か。
 苦笑しながら手を伸ばし、ひとつ、口に入れようとしたそのときだった。
「駄目っ!」
 パンッと手を払われた。チョコレートが床に落ちる。
「それ食べちゃ駄目」
「どうしたの、急に」
「それ、わさびが入ってるから」
 さっきまでとは打って変わった、弱々しい声音。わさびくらいどうってことない。自分が子どもたちに盛っている『毒』に比べたら、全然。けれど彼は、この世の終わりみたいに深刻な表情をしている。
「ナオ」
『彼』の名前を呼ぶと、嬉しそうにパッと顔を上げる。
「教えてくれんだ、有り難う」
「イオは本当に……時々、こういう、どうしようもないことをするから……
「だから君が止めてくれたんだね。君のおかげで『ナオト』はうまくやれてれるんだ、きっと」
「俺、いいことしたよね」
「うん」
「だったら……ねえ、ご褒美頂戴」

 ペニスにむしゃぶりつくナオの頭を撫でてやると、声がいっそう甘ったるくなった。チョコよりももっと甘いものをしゃぶっているみたいに、顔をとろけさせている。
「ヤヒロさん……もう……もう欲し……
「でもまだ後ろ、そんなにほぐれてないみたいだけど」
「大丈夫だからぁ……
「駄目。大事な子どもたちの身体に傷はつけたくないからね。指三本入るまでは慣らしなさい」
「だったらヤヒロさんが慣らしてくれたらいいのに」
「じゃあお尻、こっちに向けないと。でもできないよね? ずっとしゃぶってたいんだよね? ナオはお口でも気持ちよくなっちゃうもんね。ほら、こことか」
 頬の裏に擦りつけるようにしてやると、ビクンと身体を震わせる。零れ落ちた唾液が顎を伝う感触にすら感じているようだ。
「んっ……んーっ……
 瞼を閉じると、目尻から生理的な涙が流れる。その瞬間、スイッチを切られたように動きが止まった。しばらく様子を見守る。
「ん……やっ……何っ……何これっ、俺何でこんなことして……先生っ……
『イオ』が目を覚ましてしまったらしい。
 慌てて身体を引きかけたが、後頭部をつかんで引き寄せる。むぐむぐと苦しそうな声を上げているが、放してやらない。
「苦しい? でもこれはお仕置きだからね。くだらないいたずらをした」
「むっ……うう……うううー!」
「喉の奥締めて。もっと搾り取るように。これじゃあ全然イけやしないよ。あー……歯を立てたりしたらどうなるか分かってるよね?」
 頭にやっていた手を、一瞬だけ首元に持ってきて、締める真似をする。
「まだだ、まだ駄目。もっと奥まで咥え込まなきゃ。こう……や、って……!」
 頭をつかんで、容赦なくガンガン揺さぶる。もちろん、限界はちゃんと見極めていた。
 そうして、喉の奥に叩きつけるように射精する。引き抜くときに、唇や頬や鼻の上にまで精液が飛んだ。イオは激しく噎せている。
「げほっ、ごほっ……うぇ……気持ち悪っ……
 ごしごしと手の甲で唇を拭って……しかしそこでまた一瞬、動きがぴたりと止まる。
 そして手の甲についた精液を、さっきまで拒否していたのが嘘みたいに、今度はゆっくりと味わうように舐め取っていく。
 頬についた精液を親指ですくい取って口元に持って行ってやると、躊躇いなく咥え込む。
「おいしい?」
「うん……おいしい……ヤヒロさんのせーえき」
 ふと下を見ると、彼のものは今にもはち切れそうになっている。
「お口……気持ちいい……ヤヒロさんのいっぱいで気持ちいいから、だから……だからこっちも、いっぱいにして」

「やっ、あっ、あっ、あっ……!」
 いいよ、と許可を与えるなり、小動物のように膝の上に飛び乗って、『ナオ』は腰を振り始めた。
「ヤヒロさん、あっ、気持ちいいっ、好き、好き……っ」
 好き、好き、ヤヒロさん、好き……
 しかし彼が本当に求めているのは自分ではないことは分かっている。刷り込みされた雛のように。絶対的に信頼でき、自分を肯定してくれる存在を求めているだけに過ぎない。
 かつての自分がそうだったように。
 ああ……これだから嫌だ。子どもは。
 でもそんな内心はおくびにも出さず、「ナオは本当にいい子だね」と耳元で囁き、くちづける。
「ヤ、ヒロさん……
「ん?」
「ヤヒロさんは俺を選んでくれる? 俺を消したりしない?」
 彼の言いたがっていることは分かったが、あえて分からないふりをして沈黙する。
「イオより俺を選んでくれる? 何だか最近……この身体に『いられなくなっている』ような気がするんだ。昔からそうだった。昔から何でもイオに奪われてきた。だから……だから怖くてたまらない。また同じことの繰り返しになるんじゃないかって。でも……でも、ヤヒロさんが必要だ、って言ってくれたら……それでいいっ……
「必要だよ。だって君の方がいい子だからね」
「ヤヒロさん……
「でも、選ぶのは俺じゃない。自分の居場所を選ぶのは自分しかない。これ以上イオに奪われたくなかったら、奪ってやったらいい。世の中所詮、弱肉強食だから。消される前に、消さないと」
「消される、前に、消す……
 イオにも自分の声が聞こえてしまっているだろうか。それでもかまわない。これもまたひとつの『実験』だ。
「できるよ、きっと、君なら」
 言いながら一番敏感な場所を抉っている。内ももをびくびく震わせて、絶頂が近いのが分かった。天を仰いで、口をぱくぱくさせている。その首が、おもむろにがくん、と、折れ曲がる。簾のようになった前髪の間から、ぎょろりと覗く目。
「ふざけんな」
 鷹が獲物を狙って急降下するみたいなスピードで、首を絞めようと伸びてくる手。その手を直前でつかんでやる。
「ナオに妙なこと吹き込みやがって。これだからあんたは何か、信用ならないと思ってたんだ」
「自信がない? それとも急に怖くなった? 想像してなかったんだろ。まさか自分が消される方だなんて。いつも自分が選ばれてきた方だという自信があったから。ねえ、イオくん?」
「ふっ、ざけ……あっ、やっ、うご、くな、急に……っ」
「まあそんな面倒くさいことはとりあえず置いておいて。中途半端な状態じゃ苦しいだろ? 俺もそろそろ限界」
「あっ、あ、ああああっ」
 腰をつかんで下から突き上げると、よりいっそう締めつけがキツくなる。胸を反らせて、彼は簡単にイった。イオの方が快楽に弱いことは前から分かっていた。意識を失った彼を、ベッドに横たえる。寝顔は本当に普通の少年、に見える。
 次に目を覚ますのは、ナオか、イオか……
 小さな身体の中で、居場所を探してもがいているふたり。
 精神を安定させる方法ならいくつかある。
 でもあえて争わせてみたいと思うのは……
 限界まで見てみたいと思うのは……

 やはり父の血が、自分にも流れているということなんだろう。