執筆:八束さん
白衣の男たちが絡み合っている。
暗闇の中で、そこだけ白い。
その白が、ベットの下でぐしゃぐしゃになる。そのことに少し、安堵する。あのひとたちにはあんな眩しい色は似合わない。裸。それが一番相応しい姿だとも思う。
あれが終わるまでは、自分はこの世にはいないことになる。
閉じ込められたクローゼット。ドアの隙間から差し込んでいる一筋の光が、つま先だけに当たる。
携帯ゲームの充電を忘れてしまったせいで、ゲームもできない。
でもたとえ使える状態だったとして、もう何回もクリアしてしまっているから暇潰しにもならない。洞窟のステージをクリアしたあたりでベッドがギシギシ軋んで、溶岩のステージに差し掛かったあたりで父がイく、と言い、天空のステージに繋がる鍵を見つけたあたりで静かになる、大抵。だから時計を眺めているのとほぼ変わらない。
左右のボタンに置いた指を動かして、エアでゲームしてみる。すると思ったタイミングで父がイった。
イく、とは、どういうものなのかは、分からなかった。
……教授、教授、好きです、教授。教授に愛してもらえるのなら、他に何もいらないです。教授のためだったら何だってしたいんです。教授のためなら、実験動物だっていくらだって用意します。あんな女に子どもを作らせたのは人生最大の汚点だと思っていたけれど、まさかこんな形であなたの役に立てるとは思わなかった……
けれど、准教授だった父は、結局教授から何も与えられなかった。
愛も、教授の地位も。
教授の前で、ナイフで腹を刺し、白衣を真っ赤に染めて父は死んだ。
血で染まった教授の靴に唇を寄せる父を、教授は黙って見下ろしていた。
施設の、何の罪もない子どもたちに絶望を撒き散らしていた父は、自分自身が生み出した絶望に内側から食い破られるようにして、逝った。
父を彩った赤があまりにきれいで、それが少しだけ腹立たしかった。
「……て。たすけて、ヤヒロさん……」
自分に向かって手を伸ばしているこの子は……誰だっけ。這いつくばって手を伸ばして……一瞬、父のようにも、そして自分のようにも見え、ぞっとする。
入れ替わり立ち替わり子どもたちがやってくるから、誰が誰だかよく分からない。そもそも分かろうとする気もない。分からないことで、いいこともある。誰にでも同じ態度で接することができる。誰にも感情移入することがない。
「一度壊れてしまったら元通りに戻せないもの、なーんだ」
「えっ……?」
と、少年が狼狽えた一瞬の隙を見計らって、薬を注射した。これでまたしばらくは『保つ』だろう。
「元には戻せないもの……か」自分で言っておきながら、確固たるものがあるわけじゃなかった。「何なんだろうね、一体」
少年は死んだように眠っている。
助けを求められても困るんだけどな。
助ける、なんて。
助けられたことのない自分には一生、分からない。分からないものは与えようがない。ただ、楽になる方法は何となく分かる。目を瞑ってしまうか、忘れてしまうか、木っ端微塵に壊してしまうか。助けられたことなんて……
ないから。
と、もう一度心の中で呟く。
ステンレスのゴミ箱のペダルを踏んで蓋をあけ、注射針を捨てる。
ペダルから足を外すと蓋が、ガンッ、と大きな音を立てて閉まる。