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尚登の日記⑵

執筆:八束さん

 

 

 

「落としてましたよ」
 と、手帳を渡されたとき、肝が冷えた。
 他人にはとても見せられないようなことも書き綴っていたからだ。
 一体どこに、と聞くのも薮蛇のような気がして黙っていると、
「見てませんよ」
 と、先んじられた。
「他人の秘密を覗き見てよかったためしはありませんから」
 いまいち信用しきれない尚登を見てか、ヤヒロさんは続けて言った。
「母が亡くなったときに遺品を整理してとても後悔したので、父が亡くなったときは一切何も見ずに、全部捨ててやりました」
 父とか母とか。そういった単語が彼から出るのが不思議な感じがした。
 唇を近づけると受け入れるような動きをしたので太ももに手をやると、
「やっぱり、やめた」
 と、押し返された。
 どうして、と、子どものように焦れた。
「思い出しました。あなたとのセックスは退屈だったなあ、って」
 分かりやすい挑発に、じゃあ何をどうすれば満足するのか。真正面に聞くのは得策じゃない。
「俺も思い出しました。別にヤヒロさんとセックスしたいわけじゃなかった、って」
 一旦身体を引くと、すっと視線が追いかけてきた。
「あなたの乱れるところが見たかったんだ、って」
「見るだけでいいんですか」
「見たいです」
「変態ですね」
 彼の視線を感じるのは心地よかった。
「ひとりのときにどうするのか、見たいです」
 ひとつ、ため息をつくと彼は前をくつろげ、自分で自分を慰め始めた。
 ためらいなくこんなことができる彼も、相当に変態だ。変態、というより、壊れている。快感に、というより、壊れることに悦びを見出しているようにも見える。
 そこはすぐにぐちゅぐちゅと蜜をこぼし始める。溢れたそれをすくいとり、後ろの穴へと持っていく。
 不意に視線があって、どきりとする。
 目を逸らしても、凝視しても、どちらにしても絡め取られてしまいそうな予感に震える。
 徐々に力を失い、ひらいていく唇とは反対に、閉じていく瞼。その裏に映っているのは、きっと自分ではない。目をあけるように言えばあけるだろう。でもあけたところできっと彼の瞳に自分は映らない。
 息が荒くなる。身体をのけぞらせたその一瞬の姿勢が、ずっととどめておきたいほど美しいと思う。
 途切れ途切れに漏れる喘ぎ。
 見られている、から押し殺しているのか、それともあえて漏らしているのか。
 手の動きが速くなって、絶頂が近いことを知らせてくれる。そういうところにほんの少しだけ、人間味を感じる。
 びくびくと痙攣する身体。前を握ったままの手の甲に、吐き出されたものがゆっくり伝い落ちていく。
 目隠しを外されて、久しぶりに明るい視界を得た、というような目をする。強張っている手を取り、その甲に滴るものを舐めとっていた。彼は黙って、尚登のすることを受け入れていた。
 これが彼の味。
 性的な意味はほとんどなく、吸い寄せられるように、条件反射的に傅いていた。
「あなたのセックスは退屈ですけど」
 濡れた腹に舌を伸ばす。少しだけひくついたように見えたけれど、やはり微動だにしない。
「あなたには退屈しないです」