14話

 

 

「こんなところに温泉があるんですか」
「まぁすごい小さいからな。一応旅館になってて泊まれるんだけど、隠れた名湯って感じかな」
道中またしても坂を登った。まだ太陽が燦々と輝く時間帯。けど歩いているのは自分達だけだった。
辿り着いた先の旅館は、確かに小さいけど小綺麗で趣きのある建物だった。日帰りで温泉に入りに来ている人もそれなりにいた。
「温泉は最初からスケジュールに入ってたんですか?」
「入れたら入りたいな、とは思ってた!」
並んで身体を洗う。あそこは一応タオルで隠して、汗もかいたからついでに頭も洗ってしまった。
突然だから本当に驚いたけど、サッパリして心は晴れやかだ。
ちょうど誰もいない露天風呂に向かい、脱力する。
「あ~疲れがとれる……
もうすっかりおじいちゃんになった気分で仰け反る。崇さんは笑いながら隣に座った。
「お疲れさま。いやー、山も温泉も最高だな。あとやっぱり千草と来れて良かった。お前のそういう顔が見れただけで来た甲斐あったよ」
そういう顔って何だ。思わず水面に視線を移したけど、そこに映っているのはいつもの自分の顔だった。
「学校で見るお前とは全然違う」
「そう……ですかね」
でも確かに、今の姿を晶達が見たら大騒ぎするだろうな。担任の先生と二人でお風呂に入ってるのも夢みたい。
「崇さんは楽しいですか?」
「楽しいよー」
……
白い湯気が立っている。その先で彼のしなやかな身体が見えた。鍛えられた胸筋、肩……今まで見たこともない部分を見ることができてる。多分この姿を見たのは学校でも自分だけ。
世界中で今、俺だけが、彼に触れられる位置にいる。
心拍数が急激に上がった。
大好きな彼と誰にも邪魔されない場所にいること。身にまとっているものが何もないこと。熱さで頭がやられたんだと思いたいけど、そのわりにはタイミングとか色々考えて冷静なこと。
また告白したいとか思ってしまった。断られたらとんでもないことになるのに、旅先だから舞い上がってんのかもしれない。
触りたいし、触ってほしい。俺もかなりやばい思考の持ち主らしい。今確信した。
昨夜、ベッドで彼を想いながら自慰したことを思い出した。
こんな場所でダメだって……自制心を取り戻さなきゃいけないのに、身体は勝手に熱を持ち始める。
気付いた時には湯の中で、彼の手を握っていた。

久しぶりに触れた……。自分以外の人の感触。
偶然触れてしまったと言い訳できないぐらい長い時間触れてしまっている。彼も気付いているはずだけど……
自分からやっといて困りたましていた時、隣の影が揺れた。
「千草。わかってると思うけど、今日は予行演習だからな?」
「は……い」
「わかってないだろ。お前今すんごいエロい顔してる」
導かれるように目が合った。途端につま先まで走る電流。彼の低い声が身体の内側まで響いて、眠っていた願望を呼び起こす。
どうしよう。触りたい……
「すいません。崇さんに、触りたい……です」
自分の息の熱さに溶けそうだ。考えてることがバレた以上、もう理性は役目を放棄した。彼の手を引き寄せ、自身の高まった中心に添える。
少し硬さを持った性器。そこに刺激が走り、全身が震えた。
崇さんは怖いぐらいの無表情だった。顔色を変えないかわりに感情が読めない。
……千草は思ったより悪い子みたいだな」
勢いよく引き上げられた。タオルで前を隠されたまま、奥に隠れたトイレに連れ込まれる。
まずい。かなりまずい。今になって大変なことをしてしまったと再認識した。外気に当てられ浮いてた熱が冷めたのも理由のひとつだ。
小さな密室で、裸のまま向き合ってる。自分の馬鹿さや申し訳なさに泣きそうだった。
「俺と隣で入って、どんな妄想してたの?」
そっと、割れ物に触れるような手つきで頬を撫でられる。壁に押し当てられ、水滴が大量に床に落ちた。水分を含んで重くなったタオルも一緒に落ちる。
怖くて、だけど止まれない。嗚咽するように口を開いた。
「き……のう、崇さんのことずっと考えてて……そのとき、ちょっとエッチなことも考えちゃって。触ったりとか、触られたりとかしたら幸せなんだろうなって……思ったら、身体が熱くて溶けちゃいそうになるんです」
胸元に手を当てる。
「崇さんと一緒にいるだけですごい……おかしくなる……っ!」
掠れた声で言うと、強い力で抱き締められた。腰が密着して、彼のものに触れてしまう。それがすごい恥ずかしかったけど、熱が伝わってドロドロに溶けてしまいそうだった。
「まずいな……かなりきた」
「あっ!」
勃起した性器を直接掴まれる。その刺激に思わず声を出してしまった。
「崇さ……あっ、あぁっ!」
容赦ない手つきで上下に扱かれる。恥ずかしい音が鼓膜に届いた。

お湯だけじゃない。白い液体が彼の指を汚していく。
戯れに袋を揉みほぐしたり、胸の赤みを弄られた。怖いけど気持ちよくて、彼の背中に手を回す。もっと触ってほしい。子どもみたいに縋り付いて、立ったまま脚を開いた。
キスしたらそのぶん、同じところにキスされる。首から胸、胸から下腹部へ……ペニスの先端を強くしゃぶられた時、快感に仰け反った。
「あっあっ、駄目……そんな強くしないでっ」
根元までくわえられたらおかしくなる。し、本気でちんこもげそう。食べられちゃう。
嫌だという意思表示で腰を振ったけど、彼にはそれが良い反応に見えたのかもしれない。さらに固定してフェラを続けた。
そのとき尻を掴んでいた彼の指が、後ろの穴に触れた。ぐっ、と周りの肉を引っ張る。外の空気が入ってきそうな瞬間で、前は大胆にはじけた。
「あっ、あああっ!!」
身体の中のもの全てを性器から吐き出したような。そんな錯覚に襲われて床にずり落ちる。彼が咄嗟に口を離してくれたから良かったけど、見れば目を覆いたくなるような体液が口端にこぼれていた。
「う……ふあ、ぁ……
それが分かっても射精の快感が抜けず、しばらく余韻に浸りきった。
「派手にイッたなぁ」
崇さんはトイレットペーパーを引っ張り出して汚れた部分を丁寧に吹いてくれる。しかしどちらがセクハラしたのか分からないようか状況だ。
ひとつ確かなのは、俺達はいけないことをした。教師と生徒の一線を軽々と飛び越えてしまった、ということ。
でも今は何も考えられない。馬鹿になってしまった。
呼吸を整えてから抱き起こされ、シャワーまで連れて行ってもらった。さすがにもう湯船に入るわけにはいかず、そのまま脱衣場へ戻って服を着る。軽く支えられて向かったせいで通り過ぎたスタッフさんが心配そうに具合を尋ねてきた。崇さんが「長湯でちょっとのぼせたみたいで」、とフォローしたら別の休憩スペースに誘導してもらい今に至る。
扇風機に当たってボーッとしていると、自販機に行っていた崇さんが戻ってきた。
「牛乳飲めるか?」
「ありがとうございます……
瓶をひとつ受け取り、冷たい牛乳を一気に流し込む。
「吐き出したぶん水分補給しなきゃな」
盛大に噎せた。
「それは言わなくていいでしょ!?」
「すまんすまん。面白くて」
崇さんはほとんど苦しそうに笑いを堪えていたが、自分の瓶は椅子に置いて俯いた。
「ごめんな。……謝っても許されないことだけど」
静かな休憩室がさらに静まり返った。思わず表情を確認する。彼はこちらを見ることなく黙り込んでいた。
「あ……謝らなきゃいけないのは俺の方です」
だって冷静に考えて、けしかけたのは俺だ。俺がひとりで荒ぶって彼を巻き込んだ。ここなら邪魔も入らないと思って……だからほとんど確信犯だ。
「ごめんなさい。あの……
どうかしていた。でもどうしよう。許してほしいけどそんな軽い問題ではない。嫌いにならないでほしいと言いたいけどちょっと無理がある。
胸が押し潰されそうになって、息苦しさが最高潮に達した。俯いたまま前傾し、胸元を強く押さえる。
「おい、千草? どうした?」
異変に気付いた先生がすぐに駆け寄ってきてくれた。心配かけちゃいけないと思うのに、焦れば焦るほど苦しくなる。
「顔色悪いな。まさか熱……はなさそうだけど」
冷たい手が額に当たる。それだけでもすごく気持ちよくて、温かい気持ちになった。
「ごめんなさい、……大丈夫です。何かすごい息苦しかったんですけど、治まりました」
人騒がせな……と怒ることもなく、彼は「そうか」と胸を撫で下ろした。内心はどう思ってるか分からないけど、どこまでも優しい物言いに安心してしまう。早くも許された気になってるし。

「もうちょっと休んで、落ち着いたら帰ろうか」

崇さんは目の前に屈んで笑った。
きっとこれも俺を安心させようとして浮かべた笑顔だ。それが分かるのに……いや、分かるからこそ、笑い返すことができなかった。

もう一度だけ小さくごめんなさいと呟いた。本当は百回言っても物足りないけれど、これしか出てこない。
そして、言ったところで何の意味もないんだろう。心のどこかで分かっていた。

温泉宿を出た時、空の色は茜に染まりかけていた。バス停へ着くまでは崇さんが荷物を持ってくれて、手持ち無沙汰な感じが気まずさに拍車をかけた。もう大丈夫と言っても頑として譲らなくて、やっぱり彼もそこそこ頑固だと思った。
十分も経たずにバスがちょうどやってきて、二人席に腰掛けた。これから夜になるからちょうど帰宅ラッシュだ。
数駅越したところで学生がたくさん乗ってきた。高校生だと思うけど、皆ジャージでわいわい騒いでいる。あっという間に前後包囲され、何故だか少し緊張した。
学生達は大きな声量で喋っている。それが複数グループで重なるものだから、車内は騒然としていた。
「賑やかだな」
崇さんも同じことを思ったようで、苦笑しながら話しかけてきた。
「同じ年頃だろうに、お前は全然違うな? 普段から誰かといてもワイワイ騒がないもんな」
それが悪いわけじゃないけど、と彼は付け加える。
「性格ですよ。俺根暗ですから」
「なんだ、拗ねてんのか?」
「拗ねてな……
咄嗟に否定しようとした、その時、手のひらに温もりを感じた。
触れている。彼の手が、自分の手を包み込んでいる。
「ん?」
目が合うと、彼は不思議そうに首を傾げた。
何で……と言いかけて、やっぱり口を噤む。
「怒ってないんですか?」
「怒る? 何で」
「えっと……んんん……
「ははっ。よく分かんないけどあれだな、千草は年のわりに考え過ぎ。でも思慮深いってことにしよう」
微妙なフォローを受け、はぁとだけ返す。俺の考え過ぎってことはないと思うんだよな。普通あれだけやらかしたらヘコむって。反省もしなきゃやばいだろ。
崇さんは良く言っておおらかなんだな。
そう思うと何だか可笑しかった。
……ここにいる子達は、崇さんが高校の先生って知ったら驚くだろうね」
「そうか? 別に、へーそうなんだ、で終わると思うぞ」
「でも若いし、かっこいいし」
「今さら持ち上げて点数稼ぎか? 狡い奴だな」
またギュッと強く握られる。狭いバスの中で二人だけが共有している秘密がある。窓側を向いて極力冷静を保ったものの、あの息苦しさがほんのちょっと顔を出した。これはこの人といる時だけ現れるしょうもない病気みたいだ。

目的地は終点だった。外に出た時は空は真っ暗で、駅前はたくさんの人で溢れている。休日の夜だからと言うには多すぎるほどだ。見れば警備員も道の真ん中で誘導、交通規制をしている。
なにかあったのかと思って人が一番集まっている方を見ると、カラフルな提灯が電灯に沿って飾られていた。加えて祭囃子の音、屋台の列が並んでいる。

「先生、お祭り! こんな時期に」
「ほんとだ。すごいな、かなり向こうまで続いてる」
「寄っていきましょうよ! 焼きそばとかたこ焼き食べたい」
「えぇ、良いけど体調大丈夫か?」

崇さんは呆れたように腕を組んだけど、すっかり気分は良くなった。今年は夏祭りも行かなかったので、何としても見て回りたい。