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夜が広がる・03

執筆:八束さん

02に続く秘密のお話。

 

 

 

 ただいま、と声をかけても、頭まですっぽり布団をかぶったまま出てこない。もしかして具合でも悪いのか、と布団をめくって、しばらく二の句が継げなかった。
「やっ、ヒロト見ないでっ」
 丸出しになっているお尻を慌てて隠そうとしている。しかしとても見過ごすことはできない。
「何、一体何入れてるんだ」
 尻の穴から何か突き出ている。おそるおそる引き抜くと、ペンが出てきた。しかも一本じゃない。一本出すと、また奥から一本、頭を出す。
「動かないで、じっとして」
「う……
 ナカを傷つけてしまいそうで怖い。
 ぼとん、ぼとん、と、透明な糸を引きながらペンが三本、シーツに落ちた。
 どうしてこんなことを……そしてどうしてよりによってこのペンなんだ、と、そっとため息をつく。気に入ってよく使っていたもので、書斎の引き出しに入れていたのにそれをわざわざ取り出してくるなんて。
「どうしてこんなことしたの」
……かった、から」
「何?」
「寂しかった。ヒロト、いなくて」
「それでこんなことしたの? これ、どうして勝手に出してきたの。書斎に入った?」
「ごめんなさい」
 書斎に入ることをはっきり禁止していたわけじゃないので、そこを責めるつもりはなかったが、まさか彼がこんなことをするとは予想していなかった。
「それ……ヒロトがよく使ってたから。だから一番、ヒロトにさわられている気がして……
 思わず声をつまらせてしまったヒロトを見て、怒っていると勘違いしたのか彼は、ごめんなさいと繰り返す。どうやったらそれをやめさせられるのか考え、結局、安直な手段しか思い浮かばなかった。
 彼の戸惑いは一瞬で、すぐに鼻にかかった声を上げ、腰をもじもじ動かし始める。不完全燃焼だったのだろう。彼にとっては最悪のタイミングで自分は戻ってきてしまったらしかった。
 唇を離すと、より敏感な部分にさわってもらえると期待したらしく、瞳が揺れている。でも、ちょっと意地悪してやりたくなった。
 息を吹きかけながら耳を舐める。右、左。首筋を伝って鎖骨、脇腹、鼠蹊部の窪み……まるで自分のものだとマーキングしているみたいな行為。おかしいな、所有欲なんてなかったはずなのに。
 勃ち上がっている乳首を舐める。舌先がふれただけなのに、胸を反らしてすすり泣く。右、左、右……。繰り返すごとに、徐々に刺激を弱めていく。強く吸ったり噛んだりはしない。
「ヒロト、ど、うして……
 全身で訴えてきているのが分かったが、あえて無視した。
 膝裏を持たせてひらかせる。さっきまでペンを咥え込んでいた後ろはひくひくと収縮を繰り返し、声よりも表情よりもせつなく、欲しいと訴えている。
 よっぽど乱暴にやったのか、穴の周りは赤く腫れあがってしまっている。気に入っていたペンを使われてしまった、ということに気を取られていたが、ナカでキャップがはずれでもしたら大変なことになっていた、と今さらながらぞっとする。
「ヒロト、欲しい……
 腰を揺らしてねだってくる。
「駄目だよ、ここ、こんなに腫れちゃってるから。これ以上やったら傷つけちゃう」
「いい、別に……傷、ついていい。傷つくくらいがいいの。痛いの好き。痛くして」
「駄目だ」
 ふれるかふれないかくらいの距離で、優しく舌を這わせた。
「やだっ、ヒロト、やだやだ、それやっ……
 円を描くように。時折離れ、唾液を垂らしていくと、小さな穴はすぐに容量いっぱいになって、お腹側と背中側に、つうっ、と受け止めきれなくなったぶんが零れていく。
「や…………
 相変わらずやだ、としか言わないが、その言葉の意味が徐々に変わってきている。愛撫を一旦やめて身体を起こしたとき、天に向けられたつま先に力が入っていることに気づいた。頬は真っ赤で、下半身と同じくらいに、顔もぐずぐずになっている。
「気持ちいいだろ?」
 唇を噛みしめながら、こくんと頷く。
「痛くしなくたって、十分気持ちいいんだから。だからこれからはこんな無茶なことやったら駄目だよ」
 そっと宥めるように、震えている前に手を添えると、それだけで彼は射精した。
「き、もちいい……ヒロトの手、好き……好き……
 思わずペニスをさわっていた手で頭を撫でそうになって、慌てて反対の手に変える。
 頭を撫でてやると、さっきまで卑猥なことをしていたなんて感じさせない、純真な笑顔を見せる。
「お風呂、入ろうか」
「うん」
 抱え起こすと、首根っこにしがみついてくる。全体重を預けきって。
「きれいにしないとな」
 ……どうせよごすくせに。きれいにするのは、あとでよごすためのくせに。
 地の底から響く声。
 表面上のよごれを取り除いて偽善ぶって、内側からじわじわ闇に染めていっているくせに。どんなに洗い落としても取れない染料で。
 嫌になる。
 好き、好き、と、彼が呟く。
 呟くたび、その言葉が彼自身を蝕んでいっていることには気づかせない、自分の狡さが、嫌になる。