執筆:八束さん
01に続く二人のお話。
「初夢、いい夢が見られるといいね」
布団をかけてやりながらそう言うと、彼はきょとんとしていた。
「はつゆめ?」
ああそうか、初夢の意味も知らないか。
「今日見た夢で一年の運勢を占うんだよ。一富士二鷹三茄子って。いい夢のランキング。富士山の夢が一番いい夢」
「ふーん、富士山の夢も鷹の夢も茄子の夢も見たことないなあ。見るの難しそうだよね。でも何でそれがいい夢なの? 茄子の夢がいい夢って何かよく分かんない。変なの」
「昔からの縁起物だけど……そうだね、確かによく分かんないね」
「茄子なんかの夢よりヒロトの夢が見られた方が嬉しいのにな」
あまりにも真っ直ぐなまなざしで言われて、咄嗟にどう答えていいか分からず、黙って頭を撫でた。
上から下に撫でるのにあわせて、閉じていく瞼。
無防備な額に、思わずくちづけていた。
「今の何?」
咄嗟におまじないだよ、と言い訳した。いい夢が見られるようにおまじない。
「ヒロトにもやってあげる」
そう言うと彼はヒロトの頭を挟み込むようにして、引き寄せた。そして彼は自分の唇を、ヒロトの唇に押し当てた。押し当てる……だけじゃない、ぬるりと入り込んでくる舌。歯列をなぞるような動き……
目を閉じれば慣れた大人としてるんじゃないかと錯覚する。気持ちいい。一度そう思ってしまったら止まれなかった。舐めて、吸って……送り込んだ唾液が、小さな唇の端からこぼれる。
「んっ……あっ……」
平時では決して出ない声が彼から聞こえた瞬間、慌てて身を引いていた。
何を、自分は今、何をしようとしていた……
証拠隠滅を図るように濡れた唇を手の甲で拭う。でも火照った頬は隠しようがない。豹変したヒロトに、彼の眉毛がみるみるハの字になった。
「ヒロト……」
「あっ、えっと、これは……」
「駄目だった? 僕、何か間違えた?」
「間違い……とかじゃなくて……」
「これやったら皆、いい子だって言ってくれたから」
さっきよりも強く、何てことをしてしまったんだ、と思う。こんな少年に……
「いい子だよ。こんなことをしなくたって、君はいい子だ」
再び頭を撫でてやる。今度は、忌々しい記憶を消し去るように。
「いい? これからはね、こういうのは、好きなひととじゃないとしちゃ駄目だよ」
「ヒロトのこと好きだよ」
「有難う。でも一番好きなひとじゃないと」
「ヒロトのこと一番好き。ていうか、ヒロト以外に好きになれるひとなんていない」
「そういう好き、じゃないんだよ」
「じゃあどういう好きなの」
「君はまだ子どもだから分からないんだ。だから分かるようになるまで、こういうことはしちゃ駄目」
顔に手をやって、強制的に瞼を閉じさせた。
「さあ、もう遅いから、早く寝ような」
釈然としない、という風に唇を尖らせていたが、すぐに言うことをきいて大人しくなった。規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して、部屋を出る。
シャワーを浴びる。自慰をしたのはいつぶりだろう。性器よりも唇に宿った熱が引かない。
今頃彼は夢の中だろうか。
いい夢を見る資格は、自分にはない。