高確率で上手くいかないと思っていた。カップル作りに全ての情熱をそそいでいる会長が、後輩のたかが一会員に言われたことをあっさり承諾するわけがない。
それは一旦置いといて、さあどうしよう。
俺は今日限りでこの活動から外れていいと言われた。それにはメリットとデメリットがある。くだらないことに労力を使う必要はなくなったものの、これからは完全に部外者として扱われ、活動に関して進言する権利を失ったのだ。
現時点、生徒会の裏側では、俺より晶の方が強い立場ということになる。俺ひとりが離脱した……冷静に考えるとそれは裏切りに近いし、何だか肩身が狭い。生徒会自体行きづらい。
自信を持って言おう。失敗した!!
「よっ、籠原。生徒会の裏活動阻止の進捗はどうだ?」
「…………」
放課後、スマホを弄るふりをしながら教室に残った。帰っていくクラスメイトを見届け、一度は出て行った笠置が戻ってくるまで千草は席に留まっていた。
正直な話、一日中落ち着かなかった。内申のためにも生徒会はやめたくない。だが会長や他メンバーと顔を合わせづらい……。芳しくない結果を笠置に伝え、がっかりされることも嫌だった。
「良い感じです。もうちょっとぐいぐい押せば何とかなるかも」
大嘘をついた。
どうして真顔で、こんなにも平然と嘘がつけるのか。千草は自分も知らなかった黒い自分に戦慄する。
「手応えありか。やっぱり籠原はやり手だな!」
「そうですか? えへへ……」
にこやかに褒められて、露骨に照れ笑いをしてしまう。本当に単純だ。彼の笑顔を見ると、嘘をついた後ろめたさすら一瞬で吹き飛んでしまう。
「そもそも、会長はどうしてカップルを増やそうとしてるんだ?」
「えっ? えっと、俺が聞いたのは……昔の生徒会はゲイカップルを撲滅する活動があったので、その償いなんだとか。会長も当時はそれに加担して、たくさんのカップルを引き裂いていたらしいです」
「あぁ~。……アレか。なるほどねぇ」
「え、先生何か知ってるんですか?」
「いいや。全然知らない」
笠木先生は瞼を伏せ、反り返るようにして天井を仰いだ。しかしすぐに見開いた目を輝かせ、勢いよく立ち上がった。
「籠原。明日、俺とデートの予行練習をしようか!」
「えぇっ!?」
唐突な誘いに、今月最大の声量で飛び上がる。デート。デートって恋人同士でするアレ!
「まだ付き合ってもいないのに、ですか?」
「だから予行練習って言っただろ。お互いをよく知る良い機会になる。苦手な部分を発見できるし、嫌な思いをしたらそこで打ち止めもできる。グッドアイディアだろ?」
先生はお手柄と言わんばかりに笑っている。でも。
「相手の粗探し……ですか?
やっぱり、先生はそんなに俺を諦めさせたいんですか」
「え!? 違う違う、俺は籠原の良いところをもっと知りたいんだよ! 籠原にも、俺のことをもっと知ってほしいと思ってる!」
本当だろうか。しばらく疑いの目を向けていたけど、先生があまりにも必死だから可笑しくなってしまった。
「予行練習でも、先生と会えるなら嬉しいです」
笑って言うと、先生はホッとした顔を浮かべた。
「良かった……。俺も、お前に嫌われたらきついからな。さすがに……」
「俺が先生を嫌うわけないじゃありませんか」
「それは分かんないぞ?
人の好き嫌いが一瞬で変わることがある。お前がどうこうってわけじゃなくて、高校生ってのは難しい年頃からな。大人でも子どもでもない、一番特別な心を持つ時期だと思う」
へぇ……そういうもんだろうか。
確かに周りの友人達は二極化している。中学生と変わらない子どもっぽさを持つタイプと、常に客観的な立場で落ち着いている大人なタイプ。彼らは好みも違うし、何なら時が経つにつれて変わっていく。
俺は大人と子ども、どっちのタイプだろう。大人……って気はしないから、やっぱまだ幼稚な精神なんだろうか。
「じゃあ、明日はよろしく!」
いつもクラスでするような明るい挨拶だった。笠置と当日の待ち合わせを決めて、千草は学校を出た。
明日は土曜日。でもいつもの休日ではない。予行、練習、とジャグリングするように頭の中で飛び跳ねる単語。わかっているのにドキドキする。緊張している。
こんな時は誰かに相談したいものだが、晶は絶対駄目だ。あいつに相談するぐらいなら三歳児に話を聴いてもらう方が有意義に思える。しかし家族は……色々と無理がある。
落ち着かないまま帰宅し、千草はベッドに倒れ込んだ。するとすぐに彼の笑顔が浮かんでくる。
本当は触りたい。触ってほしい。笑ってほしい、……抱き締めてほしい。
しょうもない願望が膨らんでは弾ける。壁にかかった時計は十八時前を指していた。こんな時間から……と思ったものの、一度火のついた身体を抑え込むことはできなかった。
「う……っ、ん……、うぅ」
ズボン、下着を掻き分け、中へと手を差し込む。
気持ちいい。快感を追うために熱の中心、猛った性器を上下に扱く。
荒い呼吸で自慰に没頭する傍ら、何て醜く浅ましいのか、と背反した思考に苦しめられる。
皆やってることだ。男なら皆……先生、すらも……。
それなのに恥ずかしい。こんな姿、死んでも誰にも見られたくない。そう思えば思うほど亀頭から透明なつゆが溢れる。
自慰は気持ちいいけど、冷めたもう一人の自分が嘲笑っているんだ。単純な生き物だな、と後ろから眺めて笑っている。だから自分も、こんな自分を認めたくない。こんな痴態を晒している自分を受け入れることができない。
なんて矛盾だろう。
先端を強く擦り上げた時、快感が全身を駆け巡った。頭の中が真っ白になり、白い飛沫を掌に放つ。
熱い。気持ちいい……。
まだ痙攣している性器を擦り、シーツに顔を埋める。ティッシュを取る余力もない。
このまま寝て、起きたくないな。千草は口端から唾液をこぼし、最大限快感の余韻に浸った。
いっそエロいだけの馬鹿なら良かったのに、中途半端に潔癖なせいで陶酔しきれない。でも頑張って頭の中を黒く塗り潰す。馬鹿でもいいんだ。絶頂を迎えたこの瞬間だけは―――。
子どもみたいな自分と大人を気取る自分が衝突し、眠りに落ちる。指にまとわりつく気持ち悪い感覚を抱えながら、染まりゆく夜に身体を預けた。