「で……赤ちゃんプレイがしたいって?」
「えぇ! じゃなくて、うん!」
放課後練習が終わった頃、空は茜色に染まりだす。
特別な用は何もないが、皐月は未早を連れて自分の家へ帰った。幸い母も父も出かけて留守だった。
もし家にいたら大変だ。お茶を運んできたところで今の発言を聞かれてみろ、間違いなく両親に処刑されるぞ。例え後輩から言い出したことだとしても、歳下に一体何を教えてんだとタコ殴りされる。
「この前ラーメン屋でした約束覚えてるでしょ? 俺が演奏頑張ったら、皐月が俺のお世話してくれる~ってやつ」
「あぁ。でも俺はわりと二十四時間お前を世話してるよ」
「俺にご飯食べさせたり、服を脱がせたり、ハイハイさせたくない?」
空が綺麗だ。薄紫に変わりつつ、濃藍になる一つ手前。これから夜の色に変わる……多少汚いことをしても闇に捲ける、大人の世界に。
「ほら見て、通販でおしゃぶり買ったんだ」
「馬鹿かお前は!!」
しかし未早が鞄からひょいっと取り出した物にはツッコまずにいられなかった。現実逃避すら許さない恋人……ていうかこいつは馬鹿だ。そんなもん一日鞄に入れて過ごしたのか。そしてそんな前からばっちり用意してたのか……。
恋人の本気度を改めて思い知り、尋常じゃない危機感に駆られた。
もしかしたら俺は今、最大のピンチを迎えているのかもしれない。決断を迫られている。歳下の恋人を転がしておしめさせて、ばぶばぶ言わせる初めてのエイジプレイの火蓋を切らないといけないんだ。
さっきから嫌な汗をずっとかいている。手汗やばいし、この状態で彼に触れたらバレてしまう。
めちゃくちゃ緊張してることを。
……ビビってるとバレて、さらにからかわれてしまう。
それは駄目だ。未早が有利になるネタを渡すわけにはいかん。
いつも思うことだけど、歳上の沽券に関わる。赤ちゃんプレイがなんだ、案ずるな、何も怖いことなんてない。未早の口におしゃぶりを突っ込めば解決だろ?
皐月はさっと立ち上がり、未早を見下ろしながら片手を差し出した。
「未早、そいつを貸せ。そんで洋服を全部脱いで床に這いつくばるんだ」
「皐月、それただのSMじゃん」
「はぁ? 赤ちゃんプレイだろ」
「なら皐月が脱がせてよ。赤ちゃんは自分じゃ服脱げないんだよ?」
んなっ。
何だこいつ……赤ちゃんを逆手にとってきやがった。赤ちゃんであることを最大限に利用している……赤ちゃんじゃないけど……。
「ほら、早く」
未早は床に座ったまま、退屈そうに脚を伸ばした。突如窮地に立たされた皐月は、おしゃぶりを奪うことも忘れて困惑した。脳みそをフル回転して、どうにか打開策を考える。
もちろん今までだって、エッチに持っていく為に未早の服を脱がせたことはある。だがこれだと未早の思うツボだし、まるでこっちもノリノリみたいに思われる。正直これ以上変態だと思われたくない。欲求不満と思われたくなかった。
「皐月、脱がせてくんないの? じゃーいいや。皐月が赤ちゃん役やって」
「なっ何でだよ!! 俺は絶対やらん!!」
予想外な提案をされ、全力で抗議する。自分が赤ん坊のふりをする想像をしただけでウッとなった。目眩と吐気のオンパレードだ。やっぱりエイジプレイってハードル高いよな。スカも組み込まれてるし。
ひとりでウーウー唸ってると、未早は痺れを切らしたようにおしゃぶりを口にくわえた。驚いたが、その姿は別にいやらしいとか滑稽とか言う印象でもなく、ただ単に何かくわえてんな、アホか、ぐらいの光景だった。
未早は目を瞑ったまま何か訴えてくる。
「んんー、んんんん」
「何言ってるかわかんねえよ」
正直馬鹿馬鹿しくなってきたし反応に困る。どうしたらいいのか分からず突っ立っていると、未早はバンザイをして床に寝転がった。
こいつマジでやる気だ。
軽くドン引きしたけど、ふと冷静になる。おしゃぶりをしてるってことは何も言えない。未早の軽口を封印したままセッ……に雪崩込むことができる、ということ!
うーん、よくよく考えるとそれは悪くない。無抵抗の相手を無遠慮に抱けるということだ。逆転の発想ってとても良き。
床に手を付き、上に覆い被さるようにして四つん這いになった。シャツの中に手を差し込み、もう片手でボタンを外していく。
未早は少し眉を動かしただけで、何も言わずにじっとしていた。
思惑通りのはずなのに焦燥感を抱く。何でこういう時の彼は怖いまでに従順なのか。
怖いな。俺になら何をされてもいいとか、本気で思ってそうで怖い。
……って、何で俺もそんな自惚れるようになっちゃったんだか。未早の遠慮ないアプローチのせいで舞い上がり過ぎだよなぁ。
これを当たり前だと思っちゃって、思ったことすら忘れちゃって、このドキドキも泡みたいに消えていくのかな。……大人になったら。
それならまだ、自分も彼も子どもでいい。
そっと掌を重ねて、彼に伸し掛るように抱き着いた。温かくて眠りそうになるけど、そこは鞭を打って思考を叩き起した。
おしゃぶりは正直ちっとも興奮しなかったので、未早には悪いけど即外させた。代わりに俺の指をしゃぶらせて、もう片手で未早のズボンを下ろす。
顕になった下着の中心部は隆起していた。改めて恥ずかしそうに顔を背ける彼がいじらしくて、わざと下着の上から指を這わせる。上から下へ辿って、柔らかい部分に力を入れた。すると一点、下着の色が濃く変わっていった。早くもぬれてくれたんだと分かって嬉しくなる。
このままにして、下着がびしょびしょになるまで触っていたい。と思ったのがバレたのか、軽く顎を押された。
「ちょ、何だよ?」
未早は指から口を離す。
「こっちの台詞だよ。いつまでやってんの?」
「ゆっくりしたっていいじゃんか。何をそんな焦ってんだか……相変わらず欲求不満だな」
わざと意地悪く言ってやると、彼は頬を赤らめた。珍しく効果絶大のようだ。
「皐月の馬鹿! デリカシー0!」
「そりゃどーも。ていうか、赤ん坊は喋らないだろ?」
再び未早の口を指で塞ぎ、脚に引っかかっていたズボンを全て脱がせた。片手でボタンを外すのは至難の業だったからシャツは上に捲し上げ、胸の尖った部分を舐めとった。
「……っ!」
未早は声を出さなかった。そのぶん身体が痙攣し、魚のように跳ねた。下着の変色部分は広がっている。ほら、やっぱり欲求不満じゃんか。
でも、可哀想だからそろそろやめてやるか。
未早の下着を下ろし、真っ赤に染まった中心を掌で包み込む。
これでもう余裕は崩れた。未早は太腿を開いたり閉じたり繰り返し、こちらの手の動きと連動して仰け反った。
もうプレイは関係ないと思ったけど、今さらやめることもできない。未早が好きな部分に爪を立てると、白い飛沫が勢いよく放たれた。
快感が波を打っている。剥き出しの中心も下腹部も、彼の息継ぎも。
未早は目に涙を浮かべ、床に倒れて余韻に浸った。すごい格好なので目を逸らすべきか、むしろラッキーと思ってガン見すべきか少し迷う。でも板の間で寝てるのは辛いだろうから近くのクッションを持ってきて彼の頭の下に挟んだ。
「これも立派なお世話だからプレイの一環だよな?」
ティッシュを取り、飛び散った彼のものを拭いてやる。我ながら慎ましい恋人だと思う。母親……じゃなくて、恋人。
未早はまだボーッとして倒れている。この様子だともう満足みたいだ。入れろ、ってほどじゃないらしい。
俺は俺で昂ったやつを自己処理しようとすると、ふいに服を引っ張られた。
「待って。……舐める」
「は、はぁ!?」
突然の提案に今度はこちらが仰け反る。けど未早は気を取り戻したように身体を起こし、ジッパーの前に顔を近付けた。そして下着の中から取り出したそれを抵抗なく口に含む。
「ちょっお前……!!」
「んん……っ」
やると分かっていても、しゃぶられた時の衝撃は凄まじかった。別にここまでやんなくていいのに、とか、でもこれも一種のおしゃぶりプレイ……?とか妙な思考がごちゃ混ぜになる。早い話、もう馬鹿になってしまった。
未早が少し息する度に熱が伝わって、それがめちゃくちゃ感じてしまう。露骨に内腿が震える。彼の側頭部に両手を添えて引き寄せた。
「はは……皐月、かーわい」
嘲笑的な未早に反論する余裕もなく、ただ肩で呼吸する。あぁやばい。イク、イ……ッ
「……っ!」
彼に教えなきゃ、と思ったが遅かった。急上昇した快感が怒涛のように脳天まで突き抜けていく。一瞬のうちに吐精してしまった。
「はっ……あ、はぁ……」
気持ち良かった。頭の上半分が宙に浮かんでるような錯覚に陥る。
しかし次の瞬間我に返り、慌てて下を見た。
未早は口に含んだ何かを飲み込んだところだった。
「おまっ!! まさか飲んだのか!?」
「うん」
「馬鹿か! しゃぶるだけで良かったろ!?」
「えぇ、おしゃぶりじゃないよ。ミルクを飲ませるプレイでしょ?」
んは。
あっけらかんと答える恋人に言葉を失う。
こいつマジか……
どうやら自分が思ってるより、彼のプレイに対する情熱は熱かったようだ。見くびっていた……。
「うーん、不味かった。もう一回!」
「もうしねーよ!!」
未早の満足度の基準は謎だ。
これでも満足しないのか、と思うこともあれば、こんなもんで満足するのか、と拍子抜けすることもある。
とりあえず今回は満足するのが早くて助かった。力尽きたのか、俺のセミダブルベッドを占領して寝そべっている。シャツははだけているしズボンも上がりきってないし、ちょっと卑猥だ。こんな状態で親が帰ってきたら困るから、もう一度部屋の鍵がしまってるか確認しておいた。
彼の傍に腰を下ろした。
やりたいと言ったことはちゃんと実行する。ある意味誠実……なのか?
不器用だけど一直線。その純真さには感心する。いや、敬服しよう。
「未早、寝たのか?」
問い掛けてみても返事はない。もう寝てしまったようだ。
全く、勝手に暴走して勝手に寝落ちして。
……くそ、可愛いな。
屈み込み、そっと額に口付けする。彼といると時間はもちろん、現実を忘れてしまう。
辛いことも悲しいことも忘れさせてくれる恋人。振り回されてばかりでたまに悔しいけど、誰にも触れさせたくない宝物。