執筆:八束さん
「うっ、あっ……」
またやってしまった……
解放感と同時に、ほのかな罪悪感。
でも一度覚えてしまった快感を手放すことはなかなかできない。
息を整えながら、ミナミは手のよごれをティッシュでふきとった。間違っても『彼女』をよごすようなことがあってはならない。
手をきれいにし終えたあと、今まで見ていた……つまりオカズにしていた……絵葉書をそっと手帳に戻す。
絵葉書の少女は、まさかこんなところでこんな風に使われているなんて思いもしていないだろう。
これは図書室で借りた本に挟み込まれていた。おそらく十代前半の少女の絵。いわゆるゴスロリ……というのだろうか。膨らんだ袖、たっぷりとフリルがあしらわれた濃紺のスカート、足首にリボンのついた太ヒールのパンプス……
憂いに満ちた表情を浮かべ、首だけこちらに向けた彼女は、ややぎこちない格好でスカートの裾を持ち上げている。
おそらく言われるがままに取らされたポーズで、どういう意図があって自分がそんなことをさせられているか、彼女は分かっていない。
いつ誰が描いた絵なのか……誰がモデルなのかも知らない。けれど一目見た瞬間から、その絵の虜になってしまった。虜になって……こんなはしたない行為に及んでいる。
どんな声をしているんだろう。どんな風に笑うんだろう。そんな風に想像すると、下手なAVよりヌケた。スカートの裾を凝視していたら、何かの拍子に中が見られるんじゃないかと夢想してしまったくらいだ。
最近では、授業が終わって部屋に帰ったらすぐ彼女を眺めてコトに及んでしまっている。授業中も彼女のことばかり考えている。日ごと、彼女への思いが強くなっているのを感じる。ちょっとヤバいかな、と思うけれど、でも誰にも迷惑をかけているわけじゃないし、思春期の男子ならしかたない、むしろ当然の反応だと自分を納得させている。
誰にも知られてはいけない。
けれどメディカルチェックに保健室に行ったとき、うっかり手帳を落として、彼女の絵を先生に見られてしまった。
「これは……」
「あっ、えっ、その……違うんです!」
何が、違う、のか。
墓穴を掘ってしまった。落ち着け。単に可愛い女の子の絵だ。エッチな絵でも何でもない。でもこれで何をしているのか……先生には見透かされてしまいそうで、怖い。
先生は絵をじっと見ている。早く返してほしかったけれど、ここで急かしたら怪しまれてしまう。
「この画家、知ってるよ」
「へっ」
「こういう少女の絵ばかり描いているひとだよね」
「え……へえ……そうなんですか」
少女趣味、と思われるのも嫌で、『初めて知った』アピールをする。実際、初めて知ったのだから嘘じゃない。そうか、有名な画家だったのか……
「図書室で借りた本に挟まってて……それで何か、いいなって思って……。あっ、こういう表情の描き方とか、色使いがいいな、って思ったんですけど」
我ながら苦しい言い訳だなと思う。でもこうしてあらためて見ると、単なる『萌え絵』と片付けられない魅力がある。
「自分の子どもばかり描いていたらしいよ」
「へえ……そうなんですか。確かに可愛い……ですもんね?」
確かにね、と言いつつも、先生は何やら含みのある笑みを浮かべていた。
先生に画家の名前を教えてもらい、あとで携帯端末から検索すると、確かに似たような少女の絵ばかり出てきた。となみNo.21、となみNo.28、となみNo.33……へえ、この子、となみちゃんって言うんだ。
あれも可愛い、これも可愛いと画像を保存する。何気なく画家のプロフィール画面に飛んだとき……
えっ……
目を疑った。
子どもは息子がふたり、って……
げええっ、男か!
思わず絵葉書を放り投げてしまった。
しかしどう見ても女の子にしか見えない。
一体画家はどういう経緯でこの子を描くことになったんだろう。そしてこの子はどうしてこれを受け入れているんだろう。喜んでやっているんだろうか。それとも……
知りたくなかった。
流石にこれでもうどうこうする気は失せてしまったけれど、何となく絵は捨てきれずにいた、そんな夜……
絵の彼女……いや彼、か……が、夢に出てきた。
絵と同じようにどこか憂いのある表情。何か言いたげに薄くひらいた唇。スカートをたくし上げている手……その手が微かに震えている。そして気づく。手が徐々に上に持ち上がっていることに。露わになっていく太もも……そして……
駄目だ、そんなことをしちゃ……って、いやいや相手は男じゃないか。男の下着なんて見たって嬉しくとも何ともない……
なのに……
ごくりと唾を飲み込んだそのとき、
後ろからミナミを追い越していったひとりの男が、彼女に近づいていった。ガタン、と音がして振り返ると、イーゼルが倒れていた。キャンバスには今まさに目の前にいる彼女が写し取られている。
再び前を向くと、彼女はその男に向かって手を伸ばし、ぎゅう、としがみついている。男は彼女に覆い被さっていく。投げ出された脚が、規則的に揺れている。とうとう、ごとん、と、靴が脱げる。あっあっ……と切羽詰まった声。男の荒い吐息……
男の背に隠されてしまってほとんど見えないが、何が行われているかはすぐに分かった。
え……でも彼は、まさか……
「あっ……気持ちいい……気持ちいいよ……もっとして……」
彼女はこんな声をしていたのか、と、思う間もなく……彼女は言った。
「好き……好き……大好き……父さん」
今……今なんて……
夢だ。夢だこれは。それにしたって何でこんな悪趣味な夢……
私も好きだよ、と男も繰り返す。トナミは最高のモデルだよ。他に描きたいと思えるものなんてない……
駄目だ。吐き気がする。こんな夢からは早く覚めないといけない。それなのに……
「あっ……イく……イっちゃうよ」
「いいよ、何回でもイかせてあげる」
「父さんも……父さんも一緒にイって……いっぱい出して……!」
おぞましい行為の一部始終を見届けてしまった。
ふたつの荒い息が重なり、そしてくちづけをかわす濡れた音が聞こえてる。
不意に、男の背に回っていた彼女の手が、こっちに向かって手招くように揺れた。
「……て」
男の身体の隙間から覗く彼女……いや、彼だ……と、目が合う。
「きて」
駄目だ、これ以上ここにいては、でも……
「兄さんも来て。家族皆でひとつになろうよ」
……!
飛び起きたとき、心臓が早鐘を打っていた。
嫌な汗が流れ落ちる。
何だった……何だったんだ今のは……
でも、認めざるを得なかった。
あのおぞましい狂宴に、一瞬でも、混ざりたいと思ってしまったことを。