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7010〔七〕②

執筆:七賀

 

 

 

「尚登さん。ナオト……って、良い響きですね」
突然、彼は尚登の腰にぶら下がった名札に手を伸ばした。
「ちょっとだけ、僕の好きな人と名前が似てるんです」
「へぇ、それは奇遇な……。でも正直、名前ってあまり意味がないと思うんですよね。親がその時の気分でつけたものじゃないですか。呼ぶことさえできれば、それこそここの子ども達みたいにナンバーでも良いような」
言ってる途中で、また彼が沈黙してこちらを見ていることに気が付いた。一応言葉はここで終わらせたが、今さら撤回する気も起きない。 
内心、やたらと彼の地雷を踏むことに悦びを感じ始めていた。相性が頗る良いらしい。
怒りも悲しみも感じられないが、面白いことに彼の気に障る言動をした、という手応えがあるのだ。純粋な子ども達から二極化した評価を持つ青年。骨まで噛み砕いて味わいたいと喉を鳴らす。
「すいません。怒ってます?」
「どうして?」
「いえ……。怒ってないなら、逆に、触っても良いですか?」
一瞬だけわずかに開いた唇。待ってみたけど何も言いそうになかったので、自分のもので塞いだ。ヤヒロ……さんは特に抵抗もせず、なされるがまま地面に押し倒された。
彼の身体は冷たいのか温かいのかよく分からなかった。今も触れていながら、本当にここに居るのか不安な気持ちになる。淡雪のように白くしなやかな肌。うつ伏せにさせてシャツをはだけさせた時、刻み込まれた傷跡がうっすらと見えた。自分でつけるには難しい、不自然な位置だ。彼も囚われた子犬達と同じく、、既に誰かの物だったか。はたまた、遊び相手を欲して誰にでも近付づく狂犬か……
気持ちの良い涼風が間を吹き抜ける。遠くの海を一望しながら身体を繋げた。男の性器を簡単に受け入れるアナルは、青空の下だとそこまで卑猥に見えなかった。こちらが動かずとも激しく収縮し、奥へ奥へと飲み込もうとする。使い込まれた、どころの話じゃない。大変な青年だと思いながら根元まで一気に差し込んだ。そこでようやく彼は瞼を閉じた。
気持ち良いのか訊いても何も返ってこない気がする。言葉で楽しむことは早々に諦め、掌と唇を重ねて彼の腰を突いた。きっと彼は、この青空が見えない方が幸せだろう。上に覆い被さって視界を奪った。すると予想どおり、一層中が締まった。
初めて入るトンネルのように慎重に、警戒しながら奥を抉っていく。多少激しく、強引に抱かれる方が好きなようだ。痛いのが好き、というアブノーマルなタイプかもしれない。
自分は人を痛めつける趣味はない。むしろ嫌いな方だ。肉体的な痛みを与えるよりもっと素晴らしい方法があると思う。
意識を手放すほどの、絶頂。それを絶え間なく与えられた時、人は簡単に壊れることができる。今まで見送ってきた子ども達のように、この青年にもそれを優しく教えてあげる。
イキそうになったので抜こうとした。ところが腰を掴まれ、強く抱き締められる。
「抜かないで」
「いや、でも……
驚いたが、逡巡した後彼の中に飛沫を放ってしまった。自分でも驚く量だった。挿入された部分から卑猥な液体が一筋こぼれる。
だがまだ彼がイッてないので、中央のペニスを握った。大きくも小さくもない、一般的なサイズだ。頑張れば入れられる。すぐに口を開く後ろに手を這わせ、彼のペニスを押し当てた。
「今度はイかせてあげますね」
依然彼を見下ろし、騎乗位で腰を揺らす。彼を奥まで飲み込んでみると、さっきよりも征服した気分になった。下腹部から胸、首筋と、どんどん指でなぞっていく。
ヤヒロさん、ヤヒロ先生、……ヤヒロ。その場の気分で呼び方を変えてみた。ところがどれも釈然とせず、彼も大した反応を示さなかった。けど素敵な名前ですね、とわざとらしく付け足すと、今までで一番冷めた瞳で見つめ返された。
感情も心の内も見えない青年。だがひとつだけ引き出せるものを見つけた。
自分は彼を怒らせるのが上手い。極端に上手い。
言葉を発さず、大人しくしているのが何よりの証拠だ。彼は怒ると沈黙するタイプ。そういう推察をするのも職業柄、癖になった。
彼を繋ぎ止めているのはどこの誰だろう。分からないが、古臭い首輪なんて外して早く噛みついてきてほしい。
でもそれにはまだ時間がかかりそうだ。
中に熱いものを感じてから、礼の代わりにキスをした。
久しぶりに支配したい存在ができた。長い眠りについていた強欲が脳内を蠢く。
「ヤヒロさんは、夢とかあります?」
「夢?」
「夢というか、願望……欲しいものとか」
「もので釣ろうとしてるんですか? 子どもじゃないんだから……
そこで初めて彼は口元に笑みを浮かべた。
その微笑みこそ子どものようで、思わず笑ってしまった。
我儘な子どもを手懐けるには、欲しい玩具を与えるのが一番だと思う。弟達を相手にしている時によく思ったことだ。
「欲しいものか……
彼は大人だけど、子どものような一面を隠し持っている。
「本当に欲しいものは手に入らないんです。なので、退屈しのぎに付き合ってくれる人が欲しいですね」