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7010〔八〕1

執筆:八束さん

 

 

 

 弟の様子を見るためのはずが、いつしか彼に会うことが目的になっていることに、自分でも気づき始めていた。
 最近では会うたびロクに会話もせずにセックスになだれこんでいる。彼はまるで会話することを拒むみたいに。
 恐れている、ようにも見える。
 身体を暴かれることより、心を暴かれることの方を。
 シャツを脱がせ、その胸に見えたものに思わず息を呑んだ。
 注射針……のような針が、左の胸の……乳輪あたりを縫うように突き刺さっている。
 ああこれ、と、そこで初めてわざとらしく彼は口をひらいた。
「びっくりするような刺激はないんですけどね、でもじんわりと痛みが持続して気持ちいいんです」
 一本抜き忘れてました、と言うところをみると、他にも何本も突き刺していたということか。
 痛みで感じるタイプだということは薄々気づいていた。だからといって被虐趣味……というのともまた少し違うんだろう。身体は悦んでいても、その行為に心は悦んでいないように見えたからだ。
「自分でやったんですか」
「まさか。自分で注射するのは苦手だからしません。こういうのをね、するのが好きなひともいるんですよ。需要と供給の一致、ってやつです。楽なんですよ。目隠しされて寝転がっていればいいだけなんで。痛いのは好きですけどなまなましい現実は見たくないですから」
 そうしてこうやって暗に別の相手がいることを……お前ひとりだけじゃないんだ、ということをほのめかしてくる。
……見えない中、何をされるか分からないなんて恐怖じゃないですか」
「見えてたって怖いものは怖いですよ。たぶん尚登さん、あなたの方が、弟さん『たち』にとっては」
 わざわざ弟さんたち、と言う。
……抜いてもいいですか。俺にはそういう趣味はないんで」
「あなたがそれを言います?」
 と彼は鼻で笑った。
 どうやっていいか分からなかったが、ここで引き下がるわけにもいかず、飛び出た針の先端をつまんで引き抜く。抜いた瞬間彼は天を仰ぎ、艶かしい息を漏らしてみせた。針の先端が赤く光る。
 震えを悟られないようにそれを机に置くと、これ以上余計なことを言わせないようにくちづける。なのに彼は、唇と唇の間にまだ糸がかかったうちから、
「弟さんたちをあんな風にしたあなたとならきっと相性がいいだろうと思ってたんですけどね」なんて言う。
「相性?」
「身体の」
 今まで悪かった、とでも言うつもりか。
「あなたなら他の誰もが眉をひそめるようなことでも平気でしてくれると期待してたんですよ。だってありえないでしょう。実の弟にあんな人体実験を許すなんて正気の沙汰じゃない。でも最近、ようやく気づいたんです。あなた、ああすることがふたりにとって本当にいいと思ってやった、んですよね。結局は弟思いのいいお兄ちゃんだった、ってわけだ。愛情の表現方法は激しく歪んでますけど」
……よく喋りますね、めずらしく」
「気分がいいんで」
「でもセックスのときにそういう関係ない話を持ち出してくるのはマナー違反ですよ」
「だったらお喋りできるような余裕をなくさせてください」
 退屈させないで、と彼は笑う。
 ゆっくりベッドに押し倒す。おそらく子どもたちが……そしてもしかしたらナオトも……治療されてきたかもしれないベッドの上。
 唇…………下腹部へと舌を這わせていく。
 痛いことをするのは趣味じゃない。でも……
「退屈させなきゃいいんですよね」
 ゆっくりゆっくり……感じる部分を微妙にはずしながら愛撫する。勃ち上がりはしなかったが、腰は動き始めている。脚をひらかせ、膝裏を自分で持たせる。それだけで一気に幼い子どもに戻ったみたいに見える。
 何度か手が外れかけたので、近くにあった包帯で手と膝とを縛りつけた。これで泣いても喚いても彼は逃れることができない。正確に言うなら、泣かせて喚かせるまで、逃がすつもりはなった。
 無防備になった尻の穴に唾液を垂らす。垂らすだけ。それが染み込んでいくまで、何もしない。乾いたと思ったらまた一滴。気の遠くなるほど時間をかけて潤わせ、そして周囲を舌でくすぐっていく。腰が揺れ、簡易ベッドがギシギシ鳴る。早く、と誘っているのが分かったが、舌もほんの先端を入れるだけ。太ももや脇腹を撫でて、宥め賺す。
「な、にやっ…………
「痛くされなくても感じるんですよ、ヤヒロさんは」
 ねっとりと舐め回したあと、不意に舌先でとんとんと会陰を突くと、太ももを震わせながら喘ぎを漏らす。初めての子を相手にするみたいに慎重に、指を一本だけ入れる。ようやく与えられたものを逃すまいと、ナカが必死に絡みついてくる。物足りないのは分かっていた。
「こうやって優しく擦られるの、気持ちいいでしょう?」
「違っ……いい加減に……
 喋る余裕なんて与えてやらない。
 そこで初めて、ほんの少しだけ力を入れて膨らみを押すと、まるで射精の代わりのように、口の端から唾液を零して彼はイった。イっても愛撫はやめない。ゆっくりゆっくり、快感に浸していく。
「ヤヒロさんの言うとおり愛情表現が歪んでいるみたいなんで。ふたつのものを見るとひとつにしたくなるし、ひとつのものを見るとふたつにしたくなる。閉じているものを見るとひらきたくなるし、ひらいているものを見ると閉じたくなる。きれいなものはよごしたくなるし、よごれているものは……。あなたをここまで、こんな風にしたのは一体誰なんですか。思い出してくださいよ。最初からこんなではなかったでしょう。戻っていきましょう。初めてここで快感を得たときまで」
「は、じめて……

 

 

 

 

 

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