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執筆:八束さん

 

 

 

 胸に当てられた聴診器が、いつもより冷たく感じる。
 先生にはすべて、見抜かれている気がする。
 なのに早々に、もういいよ、と言われてしまった。
「あの……
 意を決して口をひらく。
「何?」
「あの……
 けれどそこから言葉を続けることができない。
「何? 何か気になることでもある?」
「気になる……と、言えば気になるんですけど……
 じっと見つめられ、先を促されてしまう。
「先生……笑わないで聞いてくれますか。こんなこと先生にしか相談できなくて……
 言いながらまだ躊躇いはあったが、しかしあとには引けなかった。

 さらさらさら、と、砂が流れる音がする。
 砂、が……

「砂時計の夢を見るんです」
「砂時計の夢?」
「たぶん、二ヶ月くらい前から……。ふと気づいたんです。そういえば最近ずっと同じ夢を見ている……って」
「同じ夢、ねえ……
「こういうこと……って、よくあるんでしょうか。何かの暗示か……
……俺は占い師じゃないからよく分からないけど。それこそ『夢のない』話をすると、夢なんて記憶の断片をめちゃくちゃに繋ぎ合わせたものに過ぎないから。まあそもそも夢を見るということ自体、中途覚醒してるわけだから、あまりいい眠りじゃないけどね」
「そう……ですよね……
「勉強? 友達関係? 何か眠れないほど気になってることでも……って、君が悩んでいるのは、そんな表面的な話じゃないよね」
「え……

 さらさらさら……
 どこからともなく聞こえる、砂の音。

「砂が……
 先生の視線が上から下へ移動するのに合わせて、飲み込んだ唾が喉を伝って落ちていくのを感じる。
「砂が落ちていくにつれて……身体が変になるんです」
「変……
「熱く、なって、その……下半身が……溜まっていく、というか……ムラムラする、っていうか……
 目を合わせることができなかったけれど、肩を竦めたり鼻で笑ったりすることもなく先生が黙って聞いてくれていたのが救いだった。
「砂が落ちていくにつれ、どんどん昂ぶってしまって、それで……完全に砂が落ちきったとき、弾けるんです」
「弾ける」
「イっちゃう……っていうか……で、たいていそこで目が覚めます。起きてしばらくの間も、ふわふわして、気持ちよくて……。でも夢精してる……ってことはないんです。実際身体には何の変化もないんです」
「気持ちいいなら何の問題もないんじゃないかな。そんな夢だったらちょっと見てみたいな。あ、ごめんね、無責任なこと言って」
「いえ……俺も初めはそんな風に思ってました。赤裸々すぎてその……恥ずかしいんですけど、気持ちいいことは嫌いじゃないですし。ここではその……楽しみもないから。だからちょっと、夢を見るのが楽しみだったんです。でも……
「でも……?」
「砂時計がどんどん大きくなっていくんです」
「大きく?」
「大きくなって、砂の量も増えていって……それに比例してどんどん気持ちよさも増幅していったんです。それで少し……怖くなったんです。快楽が強すぎると逆に苦しいんだ、って初めて知って……。砂が落ちきる前にどうにかなってしまいそうで……早く夢から覚めたいのに覚めることができなくて……。絶叫しながら飛び起きることが増えていきました。身体の中をマグマが渦巻いているようで……。昼間でもふとした瞬間に砂の音が聞こえるようになって……。そのたびに、下半身が気になって……何をしていても集中できなくて……。今に誰かにバレてしまうんじゃないか、って……
 太ももの上に置いた拳をぎゅっと握りしめる。
 黄昏時。長く伸びた影。その影が……端からさらさらさらと……
 砂のように、かき消されて……
 慌てて瞬きを繰り返す。
 違う。
 いよいよ幻覚まで見るようになってしまったのか。
「ごめんなさい、おかしなこと言ってる、って自覚はあるんです。でも、誰にも言えなくて、でも……
「いいよ」
「先生……
「いいよ、続けて」

 身体中に張り巡らされた神経すべて。
 性感帯に変えていくみたいに。
 さらさらさら、と、砂が這う。