少年は千草より頭一つ低い身長の為、自然と見下ろす構図になる。それが何となく申し訳ない為、千草はなるべく彼から距離をとって斜めに立つようにしていた。
にこにこ笑いながら佇んでいる、一見無害そうなこの少年が生徒会会長の綿貫だ。千草を生徒会に誘った人物でもある。
「元気は元気です。それはそうと、ちょっとお話……と言うか、相談がありまして」
「相談? いいよ、何?」
「え~っと……あのですね、その……」
カップル作りの活動をやめたい。いや、生徒会全体としてやめてほしい。それをできるだけ穏便に伝えるにはどうしたらいいだろう。
先に頭の中で整理しておかなかったことを悔やんだが、さらに千草をどん底に突き落としたのは隣にいた晶だった。
「もー、はっきり言えよ千草! 綿貫会長、千草はもう恋愛応援活動をやめたいらしいんです!
ついでにこんなこと意味ないから、生徒会の皆にもやめてほしいんですって!」
空気が凍った。
という表現がここまでしっくりくる状況があるとは、十七年生きてきて初めて知った。千草はもちろん、綿貫の取り巻きも無表情で絶句している。
晶……。物事には順序ってもんがあるのを知ってるか?
代わりに言ってやったぜ、みたいなドヤ顔で構えている友人をど突きたい衝動に駆られた。しかし会長の反応が恐ろしくて動けない。爆発しそうな心臓で盗み見しようとすると、綿貫会長は可笑しそうに笑った。
「あっはは!
そっかあ。わかった。良いよ」
え?
やはり、その場にいた全員が綿貫の顔を凝視した。「良い」の正確な意図が読めない。それを察したのか、綿貫も片手を掲げて説明する。
「あ~ごめんね、千草くんがこの活動から抜けることは“良い”よ。俺が認める。でも活動自体を取り止めるつもりはない。生徒会はこれからもカップル作りを続けていくよ。それを認めない権利は、君達には、ない」
わかりやすいように、会長は丁寧に区切って話した。おかげで俺も晶も彼の考えは理解した。……けど、やはり反応はできずに呆然としてしまう。
会長はもう一度笑うと、踵を返して扉の方へ行ってしまった。
「じゃあHR始まるから、またね。千草くん、今度は時間ある時に詳しく話してよ。一応聴くだけ聴くから」
閑散とした体育館は寒々しい。晶と二人きりになり、鬱々とした気持ちでため息をついた。
「ありゃりゃ……やっぱり駄目だったか。綿貫会長って優しいけど、根は超絶頑固だよな。もじもじしてる千草の代わりに、俺が上手く代弁してやったのに。骨折り損だよ」
「そーだな……」
お手上げのポーズをとって不満をこぼす晶に、千草は同意した。……のも束の間、彼の頭頂部を手加減なくはたいた。
「上手く代弁してやった。じゃねえよ!! どう考えてもお前の伝え方に問題があっただろうが!!」
「えー!? 何でだよ、要を得た説明だったろ!」
「直球過ぎる!! もっとオブラートに包んで言えよ! もう嫌だ! お前といると悪いことばっか!」
勢いのまま怒りをぶちまけると、晶は急に黙って千草に背を向けた。
「そうだよな……俺がおかしいよな。ごめん……俺もう生徒会やめるわ。お前が嫌なら絶交してくれても構わない」
「はっ!? ちょ、何でそうなんだよ! そこまで本気でキレてるわけじゃないって……!」
慌てて撤回するけど、晶は依然として俯き肩を震わせている。頬に落ちる雫が見えた時、これはマジでヤバいと思った。慌てて彼の前方に回り、両肩を掴む。
「マジで友達やめるわけないだろ! お前は一生俺の友達だよ!」
「嘘……」
「嘘じゃない!」
「じゃあコンビニの新発売のチーズケーキ買ってくれる……?」
「そんなんいくらでも……ほんと死ね!!」
途中で彼が笑いながら泣いてることに気付いたので、軽く脛を蹴って体育館を後にした。