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十三話

 

 

彼を誰かにとられたくない。
それは幼稚で醜い欲望。でも似た感情は誰もが持ってるんじゃないか。それこそ生まれた時から、愛されたいと母親の前で泣き叫んだ時から。……きっと。
独占欲はとても厄介だ。正しいことが分からなくなる。快感も同じ。やるべき事がおざなりになる。生きたまま腐っていく気分だ。今は人工的な香料で上手く隠せているけど、この腐臭が抑えきれなくなった時は、きっと自分の周りに人がひとりもいなくなる。
「一季、緊張してる? それとも怖い?
「どっちかっていうと……怖いかも」
「ごめんね。ゆっくりやる」
叔父の手つきは優しい。丁寧に入り口をほぐしていく。
挿入の時ものんびり息が吸えた。奥まできたところで苦しくなって仰け反る。上から抱き締められ、固くなった身体を愛撫していった。優しく、気を遣ってくれてることがわかる。
「怖いのは、こういうことじゃなくて」
「うん?
「いつまで叔父さんと居られるのかなって……そういうことが、怖いです」
死なない人間はいない。ずっと一緒に居られる保証も無い。
……あっ!
ゆっくり、しかし体重をかけるようにして叔父が中に入ってくる。無意識のうちに力を入れ、締め上げていた。
苦しい。後ろを塞ぐそれは、まるで気道を塞いでしまっているようだ。息ができない。
掠れた声で呻く一季を、恒成も苦しげに見つめる。互いにぬれた瞳で見つめ合う。
……それは、俺も怖い。だから今感じさせて……一季」
一季は密かに決意した。この先どうなったとしても、彼と触れ合える今を愛そう。今を大切にできなければ、この先の未来だっておざなりになる。
想いを伝えることができず、ひとりで悶々としていた頃に比べたら、ずいぶん遠い場所に来れたのだから。
声も反応も、内側から溢れる欲も、何も我慢しなかった。ひたすらに彼を求めて、地平線から遠ざかっていく想像をした。高波が時間も快楽を飲み込み、自分達を深い水底へと運んでいった。





『一季。最近また恒成のところに入り浸ってるみたいだけど、仕事はちゃんと行ってる?』
「当たり前じゃん……てか子どもじゃないんだから……
翌朝、聞き慣れた着信音が一季の目覚まし音となった。通話相手は母だ。これはさすがに親のカンと言うべきか、折しも叔父の隣で寝ているところに電話を掛けてきた。幸い恒成は疲れてまだ寝ているので、そっとベッドから立ち上がって寝室を出る。スマホを耳にあてながらリビングのカーテンを開けた。
『なら良かった。それにまぁ、一季が様子見に行ってるおかげで生きてるかどうか分かるからね。そこは助かってるわ』
「あはは……
確かに、叔父を放っておいたら餓死しそうだ。自分じゃ絶対に料理なんてしないし、冷蔵庫に何もなかったら平気で二日三日絶食する。水さえあれば生きていけると本気で思ってるかもしれない。
『もし何かあったら連絡ちょうだい。アンタも体調だけは気を付けるのよ』
「うん。アリガトー」
通話を切り、ベランダに出て朝日を浴びる。気後れしそうなほど澄み切った空気、青空だった。
恒成が起きてきたのは昼近くだった。穴蔵から出てきた動物のように緩慢な動きで、日の眩しさに目を細めている。一季は二人分の珈琲を淹れ、朝食兼昼食としてハムエッグとトーストを用意した。何も言わずもそもそと食べている叔父を見ると、何だか大きなペットを飼っているような気分になる。嫌ではないけど、思わずこちらも無になる。
食事が終え、食器洗いは恒成が引き受けてくれた。一季は冷蔵庫の中を確認すると、財布を持って台所に立っている恒成に声を掛けた。
「叔父さん、さっき卵とか牛乳使い切っちゃったんで、ちょっと買ってきます」
「えぇ、大変だからいいよ」
「じゃあ叔父さんが行きます?」
「俺はまだ行く予定はないかな」
「だよね。じゃあ行ってきます」
最後はとてもフランクに締めて、一季は家のドアを開けた。恒成の出不精についてはもうとやかく言う気もない。そもそも問答している時間が無駄なので、さっさと行動してしまう方が良い。
近くの業務用スーパーで、目的の品以外にお買い得になってる商品を買い込んだ。その時々で珍しいものも置いているから、ついつい長居してしまう。
スーパーから出て駐車場を抜ける時、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「あれ? 君、恒成さんの甥っ子くんじゃん」
嫌な予感がした。こんな場所で自分を知っている者などまずいないし、彼の名前が出てきたことが決定的だ。時間を巻き戻したい気分に駆られながら振り返ると、予想していた通りの人物が立っていた。
「久しぶり。お買い物?」
以前恒成の家で揉めたことを思い出す。
樹崎織馬。書きづらいし言い難い名前の、今最も苦手とする人物。
なんとなくあの時よりも近い距離で、樹崎は一季に話しかけてきた。彼も私服で、どうやらひとりのようだ。二度目の嫌な予感がする。
「この前はどうも。……じゃあ、失礼します」
「あ、ちょっと待ってよ。恒成さんのところ行くんでしょ?」
内容も態度も、無遠慮という言葉がぴったりくる。本当は聞こえないふりをしたかったが、諦めて彼の目を見た。
「そうですけど……
「じゃあ一緒に行こう。俺もこれから恒成さんの家に行こうと思ってたんだ。渡したい物があってさ」
一番嫌なパターンだった。何とか真顔は保ったものの、小さなため息がもれてしまう。
そんな一季の心中を知ってか知らずが、樹崎は真後ろにあった車を指さす。
「ちょうどいいし、乗っていきなよ」
「いや、そんな……
「いいからいいから。荷物も重そうだしさ」
ほぼひったくる様な形でビニール袋を車の後部座席に押し込む。彼の強引さは怒りを通して呆れてしまった。これで自分より歳上だなんて。
……
いや、恐らく彼にとって自分は恋敵なのだ。普段どんなに温厚な人間でも、こういう場合は激しく牙をむくことができるのかもしれない。
ただ、自分自身はそこまで露骨な態度はとれないと思う。ちょっと考えて、やっぱり相容れない人種だと再確認した。