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8〔1〕

執筆:八束さん

 

 

 

 俺の名前は深海(ふかみ)八尋。高校二年生。水泳部。
 入学以来ずーっと、一年上の梶谷寛人先輩に片思いしていたけれど、玉砕覚悟で告白したら、何と両思いになっちゃいました。
 何かまだ信じられない。
 ふわふわ雲の上を歩いている感じ。
 ……いや今いるのは水の中だけど。
「八尋!」
「はっ、はい!」
「そっち外れた?」
「はいー! 大丈夫でーす!」
 コースロープの留め具を外す。先輩がいる方も外されたのが分かったから、そのまま水の中を引っ張ってプールサイドに上げる。これで最後の一本だ。
 寛人先輩は部長だから、練習が終わって皆が引き上げた後も、こうやって残って用具のチェックをしている。いつも遅くまで残ってるから、いつしか一緒に手伝うようになった(本当は早く先輩の仕事を終わらせて、一緒にいられる時間を確保したいという思いもあった)
……って、あれ、先輩?」
 ふと見ると、先輩の姿がいない。
 どこに行ったのか……見回したそのとき……
「うわっ……ちょっ、うわうわうわっ!」
 いつの間にか潜水していた先輩が、真下にいた。飛びすさろうとした瞬間腰をつかまれ、海パンを引きずり下ろされていた。
「ちょっ、先輩何やってんですか! ちょっ、離しっ……もうー!」
 さっきまで静まり返っていたプールに、ばしゃばしゃと大きな水音が響き渡る。
 ほんのちょっとの冗談かと思ったのに先輩の力はマジで、結局全部脱がされてしまった。水面に浮かんできた黒い海パンに手を伸ばし……しかし先に先輩につかまれてしまう。
「先輩、駄目ですって! ちょっ……返してくださいって!」
 こんなところ誰かに見られたらどうするんだ。
 しかし先輩はにやにや笑ったまま、腕を高く伸ばしてまったく返してくれる気配がない。
「ちょっといい加減に……あっ!」
 そのとき先輩が、海パンをプールサイドの上に放り投げた。コースロープやビート板と一緒になって、まるで水揚げされた魚介みたいだ。俺のパンツ……
「もうー何するんですか!」
 腹をくくって取りに上がろうとしたとき、後ろから腰をつかまれ、抱き寄せられた。首筋に先輩の熱い息。もう一度「何するんですか」と言おうとしたら、声が震えた。
「駄目だよ。大事な部分丸見えで。誰かに見られたらどうすんの」
「誰がこんなことしたんですか!」
「頼めばいいじゃん。そんな危険冒さなくても。俺がいるんだから。取ってきてください、って」
「だから何で……
 一旦は抵抗してみたものの、分かっている。こうなったら先輩は梃子でもいうことをきかせようとしてくる。
「お願いです。取ってきてください……俺のパンツ」
 やけっぱちで口にすると先輩は笑って……でも、抱きしめたままの腰を離してくれる気配はなかった。そのまま手が伸びてきて、中心を握りこまれる。
「ちょっ……何す……っ、早くパンツ取ってきてくださいよ!」
「出して」
「はあっ?」
「出して。そうしたら取ってきてあげる」
「さっきと言ってること違……っ」
「だって、プールの中でかわいくイっちゃう八尋が見たくなったから」
「あなた部長でしょ、何言ってんですか神聖なプールで……!」
 そう言いながらも、先輩にしごかれてあっという間にきもちよくなっている。ふわふわ、ふわふわ……不安定な水の中、後ろから支えてもらう安心感。それだけでとろけてしまいそうになる。
「駄目っ……せんぱ……よごしちゃう……
「だったら出すときだけ水面に出るようにしといてあげる」
「そんなの余計に恥ずかしいじゃないですか! さっさと自分でパンツ取りに行ってた方がマシだった……!」
「気づいた?」
 まったく憎らしい。
 追い立てる手の動きが早くなる。身悶えするたび水飛沫を上げてしまうのが恥ずかしい。
「あっ……先輩っ……駄目っ、駄目……
「八尋」
 耳元で囁かれて、ぞくりとした。
「先輩、じゃなくて……こういうとき何て呼ぶの」
 息が止まりそうになる。
 恥ずかしくて。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて。気持ちよくて。
 身をよじらせて振り仰ぐ。
「寛人」
 呼んだ恥ずかしさを誤魔化すように自分からキスをした。追いかけても追いかけても、先輩はちょっと後ずさるような仕草をする。だから時々、先輩の方からぐっと来られると、それだけで満たされてイってしまいそうになる。
 誰かに見られたら、なんて意識はとうに吹き飛んでいた。それよりも与えられる快楽を一滴残らず飲み干したい。
 キスをし……薄目をあけたそのとき……
 視界の端で、何かチカッとまたたいたような気がした。
 学校には……ひとの恋路を邪魔したり、逆にネタにしたりするような奴がいることは知っていた。
 うっかり間違えて入ってしまった部室で、男同士が……その……すごいことになってる漫画とか小説とかをうっかり見てしまったことがあって……
 でもそれはあくまでファンタジーだし、まさかそんなことあるわけないって思っていたけれど、現実があっさりフィクションを追い越してしまった。
 ネタにしたいならすればいい、と、ひらきなおって快楽に身をまかせる。先輩にも、もっと気持ちよくなってもらいたかった。
……好き……好き……
 それしか言葉を知らないみたいに連呼すると、分かってる、って、と苦笑された。
 だって言葉にしないと、分からないフリをするくせに。
「大好き」