執筆:八束さん
子どものような声音。
何を。
彼は何を言っているのだろう。
一瞬、時が止まったかと思った。
「でも……あの頃から、そうでしたね。あなたはさわってほしい、と思うところに限ってさわってくれなかった。だからひとり遊びだけは……こんなに上手になっちゃいました」
また、ずん、と深く腰を落としてくる。
「あっ……あっ……いいとこ、に、あたって……」
喘ぎ声の合間に、嘲るような笑い声が紛れ込む。それをかき消すように、ずん、ずん、と腰の動きが速くなる。彼は天を仰いで、もうヒロトの方は見ていなかった。ひとり遊びをしている。
やりきれない。
むなしい。
こんなことをしてはいけないと思うのに、でも、彼に煽られて呆気なく限界を迎えてしまう。きゅうきゅうとナカが激しく痙攣している。射精はしていないけれど、彼がイっているのが分かった。
彼のナカに、放つ。
放った瞬間、目が合った。
上も下も、身体中すべての液体を交換しようとするかのように、彼がくちづけてきた。毒を送りこまれたように、口の中が痺れた。耳をふさぎたくなるほど下品な音が響き渡る。
鼻でうまく息ができず、苦しそうに、でも必死で求めてきたあの頃とは、何もかもが違った。
荒い息を整えながら彼は、頭を何度も撫でてきた。子どもにするように。性のにおいをまったく感じさせない手つきで。そして言った。
「こういう風にされるの……好きだったんです」
彼の名前を呼びかけ……でも喉に詰め物をされたみたいに声にならない。
「こういう風にしてあなたは……いい子だ、って……言ってくれたから」
「……めてくれ」
「あなただけだったんです。僕のことを肯定してくれた。あなたにいい子だ、って褒めてもらいたくて……そのためなら何だってやった。幸せだった。ずっとあのまま、あなたとふたりでいられたら……それでよかったのに」
「やめてくれ!」
彼の眉が一瞬だけぴくついたのが分かった。距離を置いて見下ろされる。彼に目尻を拭われてはじめて、自分が泣いていることに気づく。
「ごめんなさい、気持ちよくなかったですか?」
「もう俺は君の望むものは与えてやれない……!」
「ヒロトさん……」
抱きしめることも、頭を撫でることも……自分の涙を拭うことすら自分でできない。
研究所で働いていたある日、致死性の高いウイルスに感染し、壊死した四肢の切断を余儀なくされた。
そのウイルスは、彼が研究対象としていたものだった。
「……許してくれ」
「どうして? ヒロトさんは何も悪くないですよ。悪いのはむしろ僕の方。僕はヒロトさんのためだったら何でもしたいんです」
頬に一回、優しいくちづけ。優しい……いや、違う、裏切り者はこいつだ、と刻印するかのようなくちづけだった。
許して、許して、と繰り返しながら、それが適切な言葉でないことは分かっていた。本当は許しなどいらなかった。ただ、こんなことを続けている限り、彼は永久に幸せになれない。それを気づかせる言葉が他に思いつかなかった。
「好きですよ、ヒロトさん」
好き、をこんなに歪ませて言う人間を、彼以外に知らない。