執筆:八束さん
ああもうすぐ彼が来るな……
何となく分かる。
気配でもなく……第六感でもなく……うまく説明することができないけれど、それは何故か不思議と。
「お元気ですか、ヒロトさん」
一ヶ月に一回、彼は見舞いにやってくる。
大変だろうから別にいいと言っているのに、迷惑だったらやめますけど、と言われ、結局ずるずると彼の来訪を受け入れ続けている。
「何だか大変なことが起こっていると聞いたけど……いいのか、抜けてきて」
「有給は労働者の権利ですからね。とやかく言われる筋合いないですよ。それに大変なのは揉み消そうと躍起になってる連中で。末端は命じられたことをただ粛々とやるだけです」
「命じられたこと……」
「そう、毎日子どもたちの健康状態に目を光らせて、ちょっとでも異常があったらケアして上に報告して……。実際に赴任するまでは正直楽そうだなって舐めてたんですよ。でも何事もなく一ヶ月終えられたときなんて一度もなくて。たいてい何か起きるんですよねえ。まあ、飽きなくていいですけど。ヒロトさんへのお土産話もできますし。つい最近も、ほら……」
そう言うと彼はスマホを取り出しかけ……やめたのが分かった。
「ああでも、見ない方がいいこともありますからね」
彼のこういう振る舞いを目の当たりにするにつけ、やはり彼はまだ自分を許していないのだ、と、再認識する。冷たい、というより、皮膚を剥ぎそうな痛みを感じる氷にふれたときのように。
「せっかくの休みをこんなことで潰す必要ないだろう」と漏らすと、
「僕は全然平気ですけど……でもヒロトさん大丈夫なんですか?」
彼の指が、つっ、と足先を這う。
這った……と、思う。
その感覚を感じる部分は失われているはずなのに、不思議とどこをさわられているか分かる。ないはずの場所にふれられて、それでも身体が震える。
下から這い上がって来た手が、とうとう太もも……鼠蹊部のあたりまで辿り着く。そしてしばらく、そのまま微動だにしない。手を通じて熱を送り込もうとしているみたいに。そういう風にされるとねだるみたいに腰が動いてしまう。気のせいか。手の熱が、どんどん上がってきているような気がする。
手が冷たいひとは心があたたかい……
とするならば、彼の手の熱さはどうとらえたらいいのだろう。
「完全看護で……ヒロトさんを看てくれるひとはたくさんいるでしょうけど、でもこういうケアをしてくれるひとはいないでしょう?」
そんなの必要ない、と言おうとして、でも中心はまったく説得力なく反応を示してしまっているのに気づく。
彼の手の熱を移されたみたいに、ふれられたところからどんどん熱くなっていく。一旦手が離れてほっとしたのも束の間、彼の口の中はさらに、燃えたぎるような熱さで、白煙を上げるように声が漏れた。
慣れきった動き。どこをどうすれば追い立てることができるのか分かった上での動き。昔とは違う力強さ……。それなのに、ちらりと見上げてくる瞳は昔のままで……。この感覚をどう受け入れていいのか分からず混乱する。
されるがままに押し倒される。しなやかな獣みたいな動きで馬乗りになる彼。
見下ろされる。冷たい瞳。ふれるものすべてを溶かしてしまいそうに熱いナカ。別のイキモノみたいにうねって、搾り取ろうとしてくる。耐え切れず身をよじる。一度つかまってしまったら最後、逃れることなんてできないのに、無駄なことをしてしまう。それに気づいてか、彼の唇の端が少しだけ持ち上がった。
「気持ちいいですか?」
答えられないのが分かっていて、そんなことを訊いてくる。
唇を噛みしめていると、彼は一旦腰を持ち上げる。焼き尽くされそうな熱からの解放感は束の間、すぐに狂いそうなほどの飢えに襲われる。
「言ってくれないと分からないです。そう教えてくれたのはあなたでしょ」
「君のしたいようにしたらいい」
「セックスに自信ないんですよ。本当に気持ちよくさせられてるかいつも不安でしょうがないんです。僕はどうやら、ひとの気持ちってのがあまりよく理解できない人間みたいですから」
堂々と心にもないことを言う。
いや、心がどこにもないような。
彼の瞳に映る自分は、ひどく無力に見えた。
彼はおもむろに自分で自分のシャツをたくしあげると、それを口にくわえ、胸を……突起を見せつけるように上体を反らせた。
あの頃と変わらない肌の白さとは対照的に、禍々しく、卑猥に色づいた先端。
目のやり場に困ってしまった一瞬の隙を突いて、口の中に指を入れられてしまった。えずかないぎりぎりの深さだった。そうして濡らした指で、膨らんだ突起をこね回す。ぬらぬらと光ってさらに正視に耐えない光景になっている。そしてまた彼は気まぐれに、口の中に指を突き入れてくる。今度は指で舌を挟むように。口から指が抜ける瞬間、つっ、と唾液が糸を引いて落ちた。
「……ってほしい」
「え?」
「さわって」