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Lost⑵

 

 

 

 

子どものような手で引っ掛け、わざとらしく笑う。からかわれたのだと気付いた古宮は呆然としていたが、今度は立ち上がって鳴田の腕を掴んだ。
「行きましょう、ホテル!
「えっ?
元気よく告げられたのは異様な誘い。逆転し、藤の方が困惑した声を上げてしまう。
「鳴田さん、酔ってるでしょ。だからそんな冗談が言えるんですよ。今だけだから無効にしたいけど、冗談言える鳴田さんは貴重だからホテルに行きます!
日本語が……日本語がよく分からない。
狼狽する藤を店から引っ張り出し、古宮はずんずんホテル街へと向かった。抵抗できないのは酩酊して、何か色んなことがどうでもよくなってしまってるから。……そう解釈づけた時には、もうホテルの一室、ベッドの上だった。
速い。展開が速すぎる。
「うわっ!
古宮は勢いよく自分を押し倒すと、上に跨った。
「鳴田さん、恋人は?
「い……いないけど」
「良かった~。一番大事なことなのに、嬉しくて訊くの忘れてました。じゃあ遠慮なく!
彼は無邪気に微笑むと、容赦なくズボンと下着を脱がせにかかった。いやいやいやちょっと待て。
いくらなんでも失礼……っていうか、がっつき過ぎだ。性欲おばけか。男なら誰とでもヤりたい系の人間だったのか。証拠写真撮って公表して、退職に追い込んでやる。
……
そんなことを考えてる間に、藤は古宮に組み敷かれていた。執拗な愛撫を全身に受け、もう体力が尽きかけている。まだ挿入もされてないのに。
「鳴田さん、可愛い声出すね。良かった……勇気出して来て良かった」
古宮は独りで感動している。鳴田はというと前と後ろを同時に攻められ、息切れしながら喘いでいた。
不覚にも硬くなったペニスを上下に扱かれる。たまに弾かれたり、亀頭をこねくり回されたり、好き勝手にされた。古宮の指は自分が吐き出した汚い液体で光っている。手首にまで滴り落ちているのを見たら、何故だかまた反り返った。悔しいのに気持ちよくて喘いでしまう。
後ろは丁寧にローションでほぐされ、彼の長い指をくわえていた。くちゅくちゅと淫らな音が鳴り、だんだん気が遠くなる。
「はっ……も、いい加減にしろって……
「そんな……鳴田さんもさっきより気持ちよさそうなのに。ほら、前すごい溢れてびしょびしょだし、後ろも広がってきてる」
古宮は丁寧に解説してくれる。藤が如何に感じているか。自ら脚を開き、腰を振り、小さな穴を痙攣させているか……彼が晒している痴態を事細かに実況した。
何が起きたのか分からない。正直よく思い出せないのは、意識的に記憶を消し去ったのだろう。ただ断言できるのは、好き放題転がされて終始最悪なセックスだったということ。

「信じらんない。馬鹿、アホ、絶倫、人でなし……!

ホテルを出てから藤はひとりで罵詈雑言を吐き捨てた。ところがしっくりくる悪口が見つからず、かえってモヤモヤする。改めて悪口のボキャブラリーは必要だと思った。
さらに腹が立つのはその後だ。身支度を済ませて部屋から飛び出そうとする自分に彼は叫んだ。

「鳴田さん! 俺と付き合ってくれませんか!?

ドアノブを先にキャッチして進行を阻まれる。もう「はぁ?」の連続だった。何がどうしてそうなった。
「その、もし良ければ……結婚を前提のお付き合いを……!
良くない。全然良くない。何もかも飛躍し過ぎだ。こいつの脳内はどうなってるんだ。
「そのですね。昨日は酒入ってたから、とか言い訳にしないように、責任持って鳴田さんと付き合っていきたいんです! 鳴田さんかっこいいし、まさかハジメテを頂くとは思わなかったので!
その台詞が決定打だ。考えるよりも先に古宮を張り倒し、フロントで精算して今に至る。
お酒の勢いで寝ちゃいました、スイマセン。じゃあどうせだし付き合っちゃう?(結婚前提で)
……
ふざけてんのか? ほんとダメ……古い。お前は三百年前の馬鹿だ。

そんな軽いノリでプロポーズできる奴の気が知れなかった。何とでもなると思ってるんだろう。実際何とでもなってきたんだろう。適当でも許された人生を送ってきた、適当な人間の戯れ言。……そう思っていたけど、それからの古宮はすごかった。
「鳴田さん、今日は外食ですか? もしそうなら弁当作ってきたんで食べてください!
毎日手作り弁当を差し入れしてきて、休憩が入る度に絡んでくる。
だが仕事中は完全に切り離し、公私混同することなく過ごしていた。それだけは助かったが、仕事が終われば犬のように後をついてくる。結局彼から逃げ出せない生活が続いた。
「良いこと教えてあげようか。ストーカー君。俺はもう用も済んだし、今週でこの街を出るから」
苦痛だった長期の依頼も、今日で無事にやり遂げた。どうせこの街に滞在するのもあと僅かだ。そう思うと俄然元気が湧いてきて、タイミングを見てから仕事の帰りに古宮を呼びつけた。

夜の闇を照らす赤いライトの下……藤は街のシンボルタワーを見上げ、肺の奥まで息を吸う。今見てるこの景色すら幻想のような気がした。