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Lost⑶

 

 

 

 

美しい中心街から少し外れると廃人と浮浪者が溢れかえっている街。どこよりも早く最先端の情報技術を導入してる為利便性はあるが、住みやすさと生きやすさは違うと思った。
自分達は情報に翻弄されている。根も葉もない噂を信じ込んで神格化する。

「そうか。俺のストーカー日記も残りわずかなんですね」
「認めるんだ……

悪びれるでもなく、純粋に落ち込んでいる古宮を見てため息がもれた。
自分も古宮も外から来た人間だから、まだこの街の色に染まりきってはいない。謎の直感を信じてじたばたしてるだけだ。古宮は俺を運命の人だと感じ取り、俺は本能で古宮を危険人物と感じ取った。最初のカンは結構当たるものだから、このまま自分を信じるべきだ。
そう……なんだけど、不思議だ。人間は繰り返しに弱い。ひとつのことで頭の中がいっぱいになると、「もういいか」って気分になる。
これだけ馬鹿なんだ。付き合ったら、当分退屈しないで済むだろ。
古宮の襟を掴み、自分の方へ引き寄せる。でも力が強過ぎて額を打ち付けてしまった。
やっぱり唇より先に額が当たるものなんだな……。

映画みたいにはいかない。ロマンチックとは程遠い。
「な、鳴田さん……痛いです」
「泣くな! 男だろ!
自分の失敗を棚上げし、涙目で額を押さえる古宮に一喝する。

……付き合ってあげてもいいって思ったんだよ。あんまりにもしつこいから、このまま逃げ続ける方がストレスたまりそう」

古宮は最初きょとんとしていたけど、意味を理解してから子どものような笑顔を浮かべた。
「鳴田さん! やったああぁ! わーいわーい!
「うるさーい!!
プロポーズが成功して「やったー」とか「わーい」とか、小学生か。
……
本当にしょうがない。呆れるしドン引くけど、何か憎めない。可愛い奴なんだな、と腑に落ちた。
無理やり抱かれて、ストーキングされて、最終的に根負けするなんて。俺も小学生みたいだ。
案外お似合いかも、なんて考えて、またゲロゲロする。しかし受け入れてしまったことも事実で、それから古宮との付き合いが始まった。

最初は一ヶ月持つか不安だったのに、半年、一年と目まぐるしい勢いで時は過ぎていった。古宮の仕事の都合もあり、俺はFree Cityで新居を構え、彼と二人で暮らした。
そろそろ結婚を切り出そう。そう思ってからも中々言い出せず、がむしゃらに時間だけが流れる。
愛されてる自覚は確かにあるのに、心のどこかで恐れていた。結婚を前提に付き合ったけれど、今も彼の気持ちは変わってないのか。確かめる術はひとつだけ。結婚してほしい、と話すだけ。

それができずに独り悶々としていた馬鹿な自分は、馬鹿げた噂に乗っかってしまう。この街に来た時から囁かれている、想い人と永遠に結ばれるという「神様の家」に接触してしまった。
難解なコードを数ヶ月がかりで打ち込み、気付いたら知らない世界に立っていた。果てしない夜空に覆われる草原。見回しても自分以外に人はいない。あるのは、以前一度だけ見た赤いタワーだった。
何となく、そこに誰か居るような気がした。近付こうと足元の草を踏んで進む。……その道中で、突然脚の力が抜けて倒れ込んでしまった。痛みはないが、感覚がない。どう頑張っても立つことができない。そんな夢を見た。

……
夢、のはずだった。

パソコンを前に目覚め、椅子から転げ落ちてからも、なかなか現実と認識できないでいた。きっとまだ悪い夢を見ているんだ。
脚に力が入らない。立つことができない、なんて。そんな馬鹿な話があるか。


さっきまでは普通に立って、普通に歩いていた。けどどうすることもできず、床を這って電話を掛けた。救急にするべきか迷ったが、やはり選んだのは愛しい恋人。俺を縛った人。最終的には、俺が縛り付けた……人。
『助けて、お願い……
自業自得という言葉がこんなにピッタリはまることは少ないんじゃないか。
大慌てで帰ってきた仙代に手を伸ばして助けを求める自分が醜くて笑えた。滑稽に地べたを這って泣き喚く、愚かな人間。泣きながら笑って、あっという間に流された。

病院では原因不明の病とされ、もっと技術の進んだ大病院での診察を薦められた。紹介状を受け取って、保険の手続きをして、車椅子に乗って────
辛かった。でもそれ以上に、ありもしない希望を夢見る仙代を見ることが辛かった。
諦めないで。絶対治るよ。そう言って身も心も自分に捧げてくれるパートナーに、俺は秘密を隠している。
きっとこの先も言えない。こうして、死ぬまで彼を縛り続けるのかもしれない。

大切な人と永遠に結ばれる。「神様の家」の噂は本当だった。
しかしそこには必ず、這い上がれないほどの落とし穴が用意されている。そして大切な人を実に不義理なやり方で捕まえる。

俺は仙代を同情という形で手に入れた。それはきっと、死ぬまで。

脚は今も動かない。俺をこの街に縛り付ける重りのように垂れ下がっているけど、なるべく上を向いて生きていこうと思う。
幸せを願う資格は失ってしまったけど、せめて近しい人の幸せを祈ることに命を捧げる。
この街にはたくさんの人が溢れて、去って、また訪れる。その中の誰かが新しい風を吹き込むと信じて。