執筆:七賀
尊のことを考えるだけで、この世の終わりのようなエクスタシーを覚えた。いや、この世が終わってもいいと本気で思えるような強烈な快楽だったのだ。
熱を持て余す肉棒をどうしたらいいか分からず、使いあぐねていた中学生の自分ではない。今はより合理的に、些か暴力的にやるべきことを実行できる。
尊の肌は弾力がある。昔と変わらない艶をまとい、年齢を感じさせない関節の柔さ。壊れた人形のように連動する内腿。右の腰部にあるほくろは本人も気付いてないかもしれない。そっと撫でた後、手を前に回して胸の突起を引っ張った。
ずっとこうしたかった。突然目の前から消えてしまった愛しい彼を、親との中をぐちゃぐちゃに引き裂いた憎い彼を。
こんな身体で女性に甘い言葉を吐き、交わっていたと思うと笑いが止まらなかった。愉快で陰鬱。矛盾した感情が心の中で荒れ狂う。
女の中は気持ちよかったか。もちろん気持ちよかったかもしれないけど、後ろの快感には及ばないだろう。ここで取り乱し、仰け反り、女のような声で喘いでいる彼を見せてやりたい。今度はテレビなんて言わず、シアターの大スクリーンに全国放映して見せてやりたい。こんなだらしない男がいるんだぞ、と。こんなに愚かで情けない、可愛らしい男が他にいるか?
つま先に力を入れて踏ん張り、けたたましい動きで最奥の窪みに狙いを定める。
腰を抱えたまま、紫月は尊の中で達した。尊も遅れて全身を震わせ、小動物のような甲高い声を発した後床に白い液体を放った。それは糸を引くようにして、先端から垂れている。床につくか否か、ぎりぎりのところでぶら下がっている。紫月はその様をうっとりと眺め、存分に楽しんだあと指ですくった。また尊が跳ねる。白濁の液体を指に絡め、尊の口に含ませた。
「ね……気持ち良かった?」
「ん、あ、あぁ……」
もう恥も外聞もないのか、それとも諦めたのか、尊は肩で息しながら頷いた。
ほら、やっぱり簡単に壊れた。人も家庭も同じ。斧を振るえば簡単に壊れる。
「愛と憎しみなら、俺は憎しみの方が強いと思うんです」
尊を再びベッドに押し倒し、今度は仰向けにさせる。そして果てた性器に舌を這わせ、ぬれた指で自身の後ろをまさぐった。
「人が人を殺す大半の理由は憎悪でしょう。愛するあまりに殺人を犯す人は少ない。でも俺は、本当に愛して愛して愛し抜いていたら、きっと最後はその人を殺してしまうと思う。誰の手にも渡らないように、その屍を抱いて、腐り落ちるまで身体を繋げる」
「……狂ってる」
「貴方だって。いくらでも俺を遠ざけて、突き放す術はあったはずなのに、娘さんの家庭教師としてここに招き入れた。心のどこかではこの生活にうんざりして、俺に壊されたかったから。じゃないんですか?」
上に覆いかぶさり、彼の性器を腰に擦り付ける。
彼はもう一度低く「狂ってる」と呟いた。
狂ってない者などいるだろうか。
受験勉強に取り憑かれる子ども達、それが幸せに繋がると信じてやまない母親、家族を養うことを生き甲斐にしている父親。
自分には熱心に打ち込むものがあるのだと、誇らしげに微笑んでることが既に狂ってるのだとどうして気付かない。熱狂的にのめり込む何かがある時点で、そいつは狂ってる。狂人の類だ。滅ぶべき、忌むべき存在。
他人と家族になるとはどんな感覚だろう。
血の繋がった親子ですら、ちょっとした性事情でガタガタに崩れてしまうのだ。結婚して、今まで知らなかった性癖を知るのは────思わず叫んで、家の中をめちゃくちゃにしたい衝動に駆られるんじゃないだろうか。
スマホを手に取り、力尽きて倒れてる青年の写真を撮る。
壊したい。壊されたい。
あの時の続きをしよう。まだパタッと逝くには人生は長いから。
「紫月くん……あのDVD、どうした?」
尊はうっすらと閉じていた瞼を開けた。またくん付けになっているが、そこは黙っておいた。どうせもう着替えて戻らないといけない。
「DVDって、中学生の頃の?親が勝手捨てた……っていうか壊しましたけど、なにか」
「うん……」
項垂れたまま顔を手で覆う。そして前髪を持ち上げた。
「あれ、まだ大量にウチにあるんだ。ディスクが有り余ってたからコピーして、動画サイトにも上げてた。今はさすがに消されちゃってるかもしれないけど」
黙って見つめ返す紫月に、尊は優しく教えた。いつかの授業の続きのように、懐かしそうに目を細める。
今もどこかで“先生”をしている、古い友人のことを久しぶりに思い出しながら。
そう……
本当に壊されたかったら、先に相手を壊す。彼が言った通りだ。ただ忠実に、従順に、盲目に。
彼のスマホを手に取り、映し出された自分の写真を消去する。
昔と何も変わらない。愚かなまま、成長も学習もしない。気味が悪い。
俺の可愛い可愛い、可哀想な子だ。