執筆:七賀
よくできたね、正解だよ。そう言って、問題を解いた時に見せてくれる笑顔が大好きだった。
何も特別なことはないけど、周りから見れば微笑ましい時を過ごしていた。でも今思えばあれも全て虚像でしかなかった。
尊先生は優しい教師の皮を被って、自分は健気で努力家の生徒を演じていた。よく偽りの家庭を家族ごっこと言うけど、あの時の自分達は何ていう名前が似合ったんだろうか。
自分の棲む世界とは別次元の、憧れの人。めちゃくちゃにしたい気持ちとめちゃくちゃにされたい気持ちが入り交じっていた。その両方を叶えてくれた彼は恩人ですらある。
退屈な日常の中、希望と絶望を教えてくれた人────。
その調子で優しく教えて。愛と憎しみはどっちが強いと思う?
善良な家庭教師の皮を被り、日がな他人の家に居座る。幸せな家族のもとに毒林檎を持ち込んだ魔女のような気分で、小さな女の子にお土産のお菓子を手渡す。本来持ち込みは厳禁だが、父親と「親しい間柄」という建て前を引っ張り出して娘のことは手懐けていた。文字通り、大人しくさせる為の餌だ。相手の懐に入り込む為の安い疑似餌。休憩と称し、お菓子を美味しそうに食べる少女を置いて隣室へと向かう。
あの子の母親は絵に描いたような専業主婦で、趣味の生け花や友人とのランチで日中は家を空けることが多い。サラリーマンにとっては貴重な土日、この家の主人が家に居る時ですら外へ出掛けている。今日もそうだ。実は外でこっそり男に会ってるんじゃないのか。
一度そう揶揄したら、彼は少しだけ口端を上げた。何を馬鹿な、と鼻で笑ってるようにも見えたし、だったらどうした、と開き直ってるようにも見えた。
家族ごっこはそんなに楽しいか。問い掛けるように耳朶に吸い付き、目の前の青年をベッドに組み敷く。
傷付けない程度に手足をベルトで縛り、両脚を開かせてぐずぐずになった穴に指を這わせた。もう真っ赤なのか真っ黒なのかよく分からない場所だ。部屋はカーテンを締め切っている為薄暗いが、それでも肌の色は認識できる。ただだらしなく口を開けてるそこはヒクつく度に色を変えるので、紫月自身もよく分からなくなっていた。
夜ではなく、昼に営む秘め事。かつての師でもあり、妻を持つ夫でもあり、幼い娘を持つ父親でもある。そんなごく普通の青年が男相手に肌を晒すことなどあるだろうか。
まず、ない。この有り得ない状況は自らの手によって生み出している。紫月はそのこと自体も満足していた。
中学生のときと同じ、あの初々しくも全てを飲み込んだ快感。手足を投げ出し、肉の塊となって転げ落ちたくなるような衝撃。
「紫……月、くん……」
深淵。小さなトンネルのような入口に舌を這わせる。既に何度もディルドを抜き差ししていたせいか、簡単に外部のものを受け入れる動きをしていた。もっともっとと蠢き、腰を前に突き出す。
まったくこの人は……。
少しは惨めに思ったりしないんだろうか。妻子を持ちながら、罪悪感と羞恥心に打ちのめされながらも腰を振る。なんて愚かなんだろう。可愛い、可愛い、可愛い……。
「紫月くんじゃなくて、先生でしょう?」
指を二本同時に挿入し、中を掻き混ぜる。ちっともキツくなかったのでもう一本増やした。あ、もう一本いけるかも。と思って厳しいことに気付き断念する。
「せんせ……やめ、……も……こんな、こと」
尊はだらしなく口から唾液を零して抗議する。だがちっとも説得力がない。可哀想な人だと感じ、また下が疼く。
隣室の様子を窺ったあと、部屋のドアの鍵を締めた。最大限の配慮だ。尊の為でもあるし、まだ汚いものなど何も知らない少女を守る為でもある。白い布はあっという間に汚れるものだ。あの少女の清らかな膜だって、父親が知らないところで汚されていくに決まってる。
例えば全部奪ったら、貴方はどんな顔をするかな。一応は愛している妻を、守るべきか弱い娘を俺に汚されたら。
あぁ、駄目だ。ゾクゾクする。
前はもう先走りをもらし、淫らな光を放っている。それを隠すように、地球上から消し去るように、愛しい人の体内にゆっくり埋め込んだ。
「んんーっ!!」
絶叫するであろうことが明白だったので咄嗟に口を手で塞いだ。
ディルドと実際の性器では質量が段違いのようだ。「しっ」「娘さんに聞こえますよ」と囁いて、ようやく彼は自分の口を手を押さえた。
これで心置きなく腰を振ることができる。紫月は狂った猛獣のように律動を速めた。声よりベッドの軋みで隣に伝わってしまいそうな気がしたので、紫月は床に降り立って尊の腰を引き寄せた。そして両の手で抱え上げ、彼の下半身が宙に浮いた状態で激しく奥を突く。尊はうつ伏せで、引き摺られまいとする子どものようにシーツにしがみついた。これで音は立たない。聞こえるのは、さっきよりも激しく肌がぶつかる音だけ。
「だめ、だめ、だ……壊れる……っ」
壊れるとはベッドのことか、身体のことか、精神のことか。紫月の言葉を考察していくつか妥当なものを探してみたが、端的に言って全てを指してるんだと思った。
でも壊れるなんて今さらだ。彼はとっくに壊れている。自分に笑いかけて勉強を教えてくれたあの頃から。
壊してほしそうな顔を思わせぶりに掲げて何を言ってるんだか、仕置きのつもりで何度も奥を貫いた。指で押し潰してる谷間から聞こえる醜い水音。愛おしい体温。