執筆:八束さん
疼く。
助けて、誰か、満たして、空っぽの、この……
閉ざされたドアに向かって手を伸ばした瞬間、ドアがひらいた。ああよかった。ああまた……
狂わずに済んだ。
そこにいたのは『彼』だった。
いや、一度ここを訪れた人間は、二度と訪れることはないはず……
こんな顔だっただろうか、こんな背格好だっただろうか、こんな……よく、思い出せない。でもひとめ見て、あのときの『彼』だと思ってしまったのは何故だろう。
今度こそ、抱いてくれるのだろうか。
でも彼はやはりこちらをじっと見下ろしたまま、微動だにしなかった。
たまらず自分で自分のものをしごいた。見せつけるように、後ろの穴もひろげてみせた。ここまでやって襲いかかってこなかった奴は今までいなかった。
「ほら、ここもう、こんなになっちゃってる。入れてほしくて、勝手にひくひくして止まんないの。ねえ、早く、入れて。お兄さんも入れたいでしょう? 入れて、気持ちいいことしたいでしょう?」
その言葉にようやく彼はスッとしゃがみこんだ。視線だけでもう、ふれられたように疼く。指が入口にふれた瞬間、声を抑えることができなかった。胸を反らせて「ああっ」と高い声を上げた。それからいっこうに動かない指を誘い込むように、腰を揺らせて押しつけた。
「ねえ、入れて、早く、もう我慢できない、おかしくなる、おかしくなっちゃうからあ……」
これで堕ちなかった人間は今までいなかった。けれど彼は近づいてもくれなかった。
「そんなにセックスがしたいの?」
どこか哀れみの混じった口調に、腹が立つと同時に違和感を覚えた。
だったら『彼』はどうしてここにいるんだろう。ここはセックスをするための場所。ここに来る人間は皆、それを目的に来るはずなのに。むしろそれ以外の人間は……立ち入れないはずなのに。
そんなにセックスがしたいの?
彼の問いが頭を回る。
したい。セックスが。したい……
だって自分は、セックス依存症だ。診断テストだってそういう結果が出たじゃないか。セックスがしたい。セックスさえしていれば満足なんだ。でも……
そもそもどうして、セックス依存症になってしまったんだろう。
あ、駄目だ。これ以上は……
気がついたら、また、『彼』が来ていた。もう何度目だか分からない。一体何のために来るのだろう。どうせ何もしやしないのに。
最近ではドアがあいても、以前のように気持ちが昂ぶらなくなった。また『彼』だ、という落胆。またセックスしてもらえないんだ、という落胆。
「何しに来たんだよ」
しかし彼は問いには答えず、
「君が本当にしたいのはセックスなのかな」
なんて言う。
「当たり前だろ。セックスができねえ奴はお呼びじゃねーんだよ。ったく、毎回毎回……やれねーんなら、とっとと帰れよ」
「一体何のためにセックスするの」
「はっ……そんなの、気持ちよくなるためだろ」
気持ちよくなるため?
それもあるけど……
何だろう、よく、分からない。
今まで何も疑問に思わなかった……噛み合っていた、と思っていたはずのものが、もしかして、違うのだとしたら……
「それで君は満足なの?」
「満足……満足するからやってるんじゃん」
違う。満たされないから、繰り返すんだ。何度やっても、満たされないから。
「本当に?」
やめてくれ。
質問を投げかけられるたび、胸にぴし、ぴし、と亀裂が入るような痛みを感じる。
「君がそうなったのは一体いつから?」
「いつ、って……」
「初めてセックスしたときのことは、覚えてる?」
「初めて……」
初めて……初めて、そう……
そう、確か初めてのときは、こんなじゃなかったはずだ。気持ちよくなりたい、なんて理由じゃなかった。
『正直お前のことそんなでもないけど、セフレとしてならアリだわ』
ああ……嫌だな……思い出してしまった。
身体だけでもよかった。
身体だけでも、必要だと言ってくれるなら。
心が満たされるのは早々に諦めた。だから、身体を求めた。
でも、あまりにも心を蔑ろにしたから……だから……
「じゃああんたは……」
声が震えるのを抑えることができなかった。
「じゃああんたは、俺が本当にしたいことが分かんの」