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4(八)

執筆:八束さん

 

 

 

疼く。


 助けて、誰か、満たして、空っぽの、この……
 閉ざされたドアに向かって手を伸ばした瞬間、ドアがひらいた。ああよかった。ああまた……
 狂わずに済んだ。
 そこにいたのは『彼』だった。
 いや、一度ここを訪れた人間は、二度と訪れることはないはず……
 こんな顔だっただろうか、こんな背格好だっただろうか、こんな……よく、思い出せない。でもひとめ見て、あのときの『彼』だと思ってしまったのは何故だろう。
 今度こそ、抱いてくれるのだろうか。
 でも彼はやはりこちらをじっと見下ろしたまま、微動だにしなかった。
 たまらず自分で自分のものをしごいた。見せつけるように、後ろの穴もひろげてみせた。ここまでやって襲いかかってこなかった奴は今までいなかった。
「ほら、ここもう、こんなになっちゃってる。入れてほしくて、勝手にひくひくして止まんないの。ねえ、早く、入れて。お兄さんも入れたいでしょう? 入れて、気持ちいいことしたいでしょう?」
 その言葉にようやく彼はスッとしゃがみこんだ。視線だけでもう、ふれられたように疼く。指が入口にふれた瞬間、声を抑えることができなかった。胸を反らせて「ああっ」と高い声を上げた。それからいっこうに動かない指を誘い込むように、腰を揺らせて押しつけた。
「ねえ、入れて、早く、もう我慢できない、おかしくなる、おかしくなっちゃうからあ……
 これで堕ちなかった人間は今までいなかった。けれど彼は近づいてもくれなかった。
「そんなにセックスがしたいの?」
 どこか哀れみの混じった口調に、腹が立つと同時に違和感を覚えた。
 だったら『彼』はどうしてここにいるんだろう。ここはセックスをするための場所。ここに来る人間は皆、それを目的に来るはずなのに。むしろそれ以外の人間は……立ち入れないはずなのに。
 そんなにセックスがしたいの?
 彼の問いが頭を回る。
 したい。セックスが。したい……
 だって自分は、セックス依存症だ。診断テストだってそういう結果が出たじゃないか。セックスがしたい。セックスさえしていれば満足なんだ。でも……
 そもそもどうして、セックス依存症になってしまったんだろう。
 あ、駄目だ。これ以上は……

 気がついたら、また、『彼』が来ていた。もう何度目だか分からない。一体何のために来るのだろう。どうせ何もしやしないのに。
 最近ではドアがあいても、以前のように気持ちが昂ぶらなくなった。また『彼』だ、という落胆。またセックスしてもらえないんだ、という落胆。
「何しに来たんだよ」
 しかし彼は問いには答えず、
「君が本当にしたいのはセックスなのかな」
 なんて言う。
「当たり前だろ。セックスができねえ奴はお呼びじゃねーんだよ。ったく、毎回毎回……やれねーんなら、とっとと帰れよ」
「一体何のためにセックスするの」
「はっ……そんなの、気持ちよくなるためだろ」
 気持ちよくなるため?
 それもあるけど……
 何だろう、よく、分からない。
 今まで何も疑問に思わなかった……噛み合っていた、と思っていたはずのものが、もしかして、違うのだとしたら……
「それで君は満足なの?」
「満足……満足するからやってるんじゃん」
 違う。満たされないから、繰り返すんだ。何度やっても、満たされないから。
「本当に?」
 やめてくれ。
 質問を投げかけられるたび、胸にぴし、ぴし、と亀裂が入るような痛みを感じる。
「君がそうなったのは一体いつから?」
「いつ、って……
「初めてセックスしたときのことは、覚えてる?」
「初めて……
 初めて……初めて、そう……
 そう、確か初めてのときは、こんなじゃなかったはずだ。気持ちよくなりたい、なんて理由じゃなかった。

『正直お前のことそんなでもないけど、セフレとしてならアリだわ』

 ああ……嫌だな……思い出してしまった。
 身体だけでもよかった。
 身体だけでも、必要だと言ってくれるなら。
 心が満たされるのは早々に諦めた。だから、身体を求めた。
 でも、あまりにも心を蔑ろにしたから……だから……

「じゃああんたは……
 声が震えるのを抑えることができなかった。
「じゃああんたは、俺が本当にしたいことが分かんの」