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【Free City】完結記念

 

完結記念に八束さん(@yatsukarin)から【2と4】とコラボしたSSを頂きました!

どこか同じにおいをさせるお話の共演…2と4に登場した彼らのその後も垣間見えるので、二度美味しい…!!

私はこのためにFree Cityを書いてたんじゃないかと思います。八束さん、本当にありがとうございました!!

執筆:八束さん

 

 

 

 

仕事でK**市を訪れるときは、駅前のチェーン系カフェではなく、少し離れたところの、小さな喫茶店を使うようにしている。移動時間のロスにはなるけれど、どうせ飲むならちょっとでも美味しいコーヒーを飲みたい。
 人影まばらな店内。店内の明かりは、外から差し込む日差しを邪魔しない光量。会話を楽しみたいひとにも、静寂を楽しみたいひとにも寄り添ったBGM。焙煎されたコーヒーの香り。一点物らしきコーヒーカップ。
 ケチのつけようなんてどこにもない。けれどふっと、由貴君のことを思い出してしまうと駄目だった。


 ……そろそろ戻るか。
 キリのいいところでパソコンを閉じ、司は店を出た。
 K**市は最近タワマンがあちこちに建って一気に人口が増えた。その象徴的なマンションのひとつが、眼前にそびえている。駅前も再開発が進んで、数年前とは別の街みたいだ。けれど光が強く当たれば当たるほど、その反対側にある影が濃くなっているように感じられる。そう……この感じは、まるで……Free Cityみたいに。
 そびえたつマンションの影にすっぽり覆われてしまったみたいな路地裏。何気なく立ち止まって空を見上げたとき……
 どん!
 と、背中に衝撃を感じた。
 数秒遅れて、誰かにぶつかられたんだ、ということに気づいた。
 振り返ってみて一瞬……由貴君かと思った。そんなはずはないのに。
 由貴君と同い年くらいの青年は、ぶつかってそのままずるずると頽れていってしまった。「ちょっ……ちょっと君、大丈夫?」慌てて抱え起こそうとしたが間に合わず、膝か……腕か……地面に激しく打ちつける音がした。
「大丈夫? しっかり……
 う……と、声が漏れたので、大丈夫、意識はあるみたいだ。でも……
 とりあえず安全なところに寝かせようとして、シャツの袖をつかまれたままだったことに気づく。ほどこうとその手をつかんだとき、ねちゃ、と、嫌な感触がした。何か……で、濡れている。それと同時に……覚えのある、饐えたにおいを感じた。
……て、ください」
「え?」
「抱いて……お願い……
 紅潮した頬。荒い息。そして……何気なく下を見て……ぎょっとした。前は膨れあがって染みができている。抱いて、って……何だ……まさかヤバいクスリでもやってるんじゃないだろうな。
 巻き込まれるのはゴメンだ。とりあえず引き離そうとしたけれど、声の弱々しさとは正反対に、握りしめる力は馬鹿みたいに強い。絶対離すもんかという決意すら見える。
「ちょっと、落ち着いて。そんなこと急に言われても無理に決まってるだろ」
「急……急じゃなかったら……いいの……? お兄さん、俺ん家に来てくれる?」
「君の家って……
 すると彼は無言で、そびえたつマンションを指した。何故か、親の敵を見るような目で見ながら。
 その動きにつられて司も、マンションを見上げてしまう。あのマンション……そういえば最近、変な噂を聞いたことがある。人口も増え、順調に発展しているように見えるK**市だけれど、不自然に離婚率は高まっているとか。パートナーに満足できないひとが増えているとか。一見開放的に見えて実は閉ざされたマンションエリアで、何やら『恐ろしいこと』が行われているとか……彼も、そこの住人なのか。
「ねえ……ねえ……お願い。もう、ずっと、シてなくて……どうにかなりそうなんだ」
「してない、って……君、パートナーは……
「いるよ。四季。優しくて、格好よくて、ひとつしか違わないけどずっと大人っぽくて、ずっと俺のこと考えてくれて、ずっと俺を大切にしてくれる。でも……駄目なんだ、それじゃ。全然満足できない。四季の与えてくれるものじゃ、全然……満たされないんだ。……いいんだよ、あいつもあいつで、好きなようにやってるんだから。ここは『そういう』ところだから。ねえ、お兄さんも、気持ちいいこと、好きでしょう?」
 言いながら、下半身をぐい、と押しつけてくる。
 その気なんて全然なかった。けれどうっかりしていると、引きずり込まれそうになる。変だ。彼の目を見ていると……駄目だという警鐘を感じながらも……由貴君の面影を重ね合わせてしまう。目も、声も、肌の感触も……。ここがどこかということすら、ぼんやりと分からなくなっていく。そういえば……いくら人通りが少ない路地裏とはいえ、さっきからひとりも通りかからないとはどういうことだろう。ひとの姿が見えないどころか、気配すらも感じられない。彼の唇の端が、持ち上がったように見えたのは気のせいだろうか。
 今、ここで彼を抱いたら……
 互いの影が、互いに落ちる。
「いいけど」
 自分の声が遠かった。
「いいけど、じゃあ……殺してくれる?」
 わけが分からない、という風に泳ぐ彼の目。
「抱いてあげたら……殺してくれる? 俺のこと」
 本当はさっき、ちょっとだけ期待してたんだ。
 背中に衝撃を感じたとき、刃物でも持った奴に襲われたんじゃないか……って。ああここでも、『廃人』っているんだな……って。不意打ちに、背中を、一突き。そんな都合のいいことがあるのか……って。
 彼がぶるりと身体を震わせたのが分かった。寒いのかな? だいぶ影が……
 そのとき、
「二緒!」
 一時停止を解除するみたいな声だった。
 抱きとめていた彼と同じタイミングで、声のする方を向いていた。路地の向こうから駆けてくる人影。「四季」と呟く声がした。彼がさっき言ってたパートナーか。
「すみません、二緒がご迷惑をおかけして……
「いえ……
 どうやら『四季』とやらは、常識人だったようで助かった。
 しかし……あまりにも慣れすぎている。
 四季の対応のスマートさは、今までにも何回かこういうことがあったからこそ、できるもののように感じられた。四季の腕の中で、『二緒』と呼ばれた青年は、観念したように大人しかった。大人しい……いや、まるで、電源を失ったロボットみたいに。
……こういうことはよくあるんですか」
 思わずそう、訊いてしまった。
 あえてどうとでも取れる訊き方をしたのに、司の考えていることをすべて見抜いたみたいに彼は微笑み返した。
「ええ、とてもよく。でも……ここはそういうところですから。こういうことも含めて受け入れて……いや、楽しんでいかないとやっていけないんですよ、ここでは。あなたは……ここのひとじゃないですよね?」
「ええ」
「でも何となく……あなたも、同じような気がしたんですけど」
「同じ……? 何のことですか」
「決して手に入らないものを追い続けている」
 カン……と、つま先に何かが当たる音がした。
 いつの間に落としたのだろう。いや、いつの間にこんなところに……しまっておいたはずのUSBメモリが……
 動揺を相手に悟られないように身を屈めて、手を伸ばす。
 拾い上げたときにはもう……

 彼らの姿は、そこになかった。