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2(七)

執筆:七賀

 

 

 

 何かの冗談なら良かった。だってドラマじゃよくある話じゃないか。ありきたりで、先が読め過ぎて怖い。実はドッキリだと言って起きてきてくれるはず……。

 でも、四季は眠っている。安心しきった顔ですやすやと寝息を立てていた。

 名刺はほとんど店名が多かったけれど、中には出張サービスなんてものもあって、一体どこでこんなもん使ってんだと不思議に思った。彼は家をほとんど空けている。なら身近なホテルとかだろうか。

 こっそり、またポケットに戻した。本当なら今叩き起こして問い詰めた方が良い。明日これらを隠されたら簡単に言い逃げられてしまう。けど……。

 

 今彼と別れたら、それこそ死活問題だ。自分には何も残らない。実家に逃げ帰る手もあるけど、それは最終手段だ。何も気付かないふりをすれば、健気なパートナーのふりができる。周囲は、だ。当面、周りだけは騙せる。

 考えなきゃいけない。何故彼があんな名刺を持っていたのか。本当に外で遊んでいるのか確かめるんだ。

 

 リビングに戻ると、テレビ番組が垂れ流しになっていた。また、同性愛者のニュース。せっかく結婚しても、その倍近く離婚する人がいるのだとか。価値観の違い?

 一般人に限らず、同性愛者同士でも争うのか。いや、当たり前か……。同じ考えの人間なんて、いない。生きやすい街とか、恵まれた環境と言われてきたけど、そこまで自由な人生だったか?他の街へ行ったことが少ないから比較対象も無い。愛玩ペットと同じで、そこしか知らなければそこが楽園なんだ。誰もが飼われている……自分は、今、四季に。

 

 頭と体が同じ温度になった気がした。熱い、痛い、苦しい……。

 発散したい。この熱から解放されたい。二緒はトイレへ駆け込んだ。

 

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

 

 翌朝、笑顔で四季を会社に送り出した。今度は彼の後姿が瞼の裏に焼き付いていた。ほっとする。そしてすぐに扉の鍵を閉めた。

 

 二緒はその場で自慰をした。リビングまで戻る余裕もなかった。昨夜から持て余している熱を解放することに必死で、がむしゃらに性器を擦った。好きなだけ声を発し、扉に勢いよくもたれ掛かった。

 四季がいては、このように取り乱すことはできない。朝食を用意している最中も「早く出ていけ」と思ってたんだから大変だ。

 ズボンが膝下まで落ちる。卑猥な糸が口から垂れる。あとちょっとでイク、と思ったらインターホンが鳴った。

 

 硬直した。居留守を使ってしまおうかと思ったが、さっき豪快に扉にぶつかってしまった為不審に思われる。

 正常な思考はこのときに死んだ。ズボンを引き上げ、ペニスを握っていたその手でドアノブを掴む。

 

「二緒くん、おはよう。今ちょっといいかな?」

 

 ドアの前にいたのは先日の隣人と、マンションで何度かすれ違った上の階の住人だ。いずれも男性で、三人いた。

「何ですか?俺、実は体調が優れなくて……」

「え、大丈夫?熱あるんじゃない?」

 彼は急に中に踏む入り、手を掴んできた。少しぬれて光っている手を

 彼の表情が変わる。不自然にねじれているズボンも、火照った顔も、……手に付いた匂いも、わずか一瞬で全て悟られてしまったようだ。

「我慢してた匂いがするね。二緒くん、辛くない?」

 跳ね除けないといけなかった。掴まれた手を振り解いて、ドアを思いっきり閉めて。……そんな妄想をした。

 だが現実では、だらしなく彼にもたれ掛かる自分がいた。

 

「辛い、……です……」

 

 たった一言なのに、身体は一気に熱を帯びた。男達が中に入って、ドアを閉める。綺麗に片づけたクッションが倒れたのが視界の端で見えた。ほとんど引き摺られるような形で寝室に入る。

 いつも四季と寝ているタブルのベッド。そこで服を脱がされ、全身をくまなく愛撫された。反吐が出そうなシチュエーションだった。これが浮気の始まり?いやいや……。

 ここにいる全員、きっと大事な人がいる。自分を愛してくれる人がいるのに、その人に隠れて快楽に溺れている。

 

 ずるいな。俺にはそんな人いない。今は、四季にも愛されてない。

 

「二緒さん、若いからかな?感度良いよ。肌も綺麗だし、もう最高。旦那さんに大事にされてんだね」

 

 醜い音が下の方でずっと鳴っている。ひとつはペニスを乱暴にしゃぶる音。もうひとつは……考えたくもないが、他人のペニスをアナルに受け入れてる音だ。彼が動くたび、ぐちゅぐちゅと波のように響く。四季としている時もこんな音を出していたんだろうか。今となっては、あまり思い出せない。

 

 股を開いても挿入されても、イッてはいけない。そう思って踏ん張れば踏ん張るほど身体は硬くなり、痛みが増す。両足を宙に投げ出した。必死にもがいて、ここではないどこかへ逃げ出そうとした。けどここ以上に気持ちいい場所は見つからない気がする。久しぶりに感じた男の性器は生命力を与えてくれるようだった。抵抗感が薄れていく。自ら背中に手を回し、大胆に仰け反る。もう結合部分は体液にまみれていた

 

「寂しかったんでしょ?」

 

 優しく囁かれる。彼は息と一緒に毒ガスを吐き出しているようだ。空振りしていた手を掴まれ、そっと口付けされる。身体が満たされてるだけだと思いたかったのに、頷いてしまった。

 

「大丈夫、君の気持ち分かるよ。俺達はさ、健気にマテをしてる犬みたいなもんだから。でも犬だってご主人様がいない間は好き勝手にマウンティングするでしょ?ずっと自分を押し殺すなんてハナから無理なんだよ」

 

 聴いてるうちに、これは本当に責められる行為なのか、疑問が湧いてきた。たまたま近くにいた人間と性器を擦り付け合ってるだけだ。犬はともかく、小動物なら会って数分で性交したりするじゃないか。まず同じ種族だと確認して、距離が縮まれば絡み合うのは珍しくないんだろう。

 

 そうだ、これが悪いことだと言うなら今すぐ仕事から帰ってきて自分を怒ってほしい。こんなにぐずぐずに泣いて、醜態を晒してる自分を見てほしい。でもどれだけ願っても四季は帰ってこない。当たり前だ。

 思うままに喘いだ。冗談みたいだけど、一ヶ月分の性器を出した気がした。世界が回る。

 意識はいつの間にか飛んでいた。次目を覚ました時、家には誰もいなかった。荒らされた部屋を片付ける。

 

 その日から、壊れた。どうも、誰もが持っていなくちゃいけない何かが弾け飛んでしまったようなのだ。

 

 二緒は四季を見送ると、必ずドアの鍵を開けたままにした。

 

 待っていれば必ず誰かがやってくる。服を脱ぎ、ソファに倒れ込んだ。そう時間も経たずに誰かが上に覆い被さる。淡白なキスから始まり、アナルに指を当てられる。ちょっと指先を入れられただけで、中から淫らな液体がとくとくと零れた。

「もうローション仕込んでたの?本当にエッチ大好きだね」

「すぐ、すぐに入れて……」

 脚を放り出し、現れた男の股間を強請った。駄目だと分かっているのに、止まれない。もうずっと前から自分は高熱を出していて、病気に罹っているようだ。

 

 四季にバレないように、それだけを考えて男と交わる。毎日違う顔に抱かれる。この刺激に魅了されてしまった。慰めてほしい、そればかり考える。

 

「そういえば、三階に新しい人達が引っ越してきたんだって。勧誘ついでに二緒くんも挨拶に行く?」

 

 煮えたぎった頭。もう何も考えられず、無意識に頷いていた。

「その新しい人、俺とシてくれるかな……?」

「心配ないよ。二緒くんを見て興奮しない男はそうそういないって」

 彼の茶化した言葉に薄笑いする。

 異常な会話だけど、確かにこれは快感だ、と思った。

 

 

 

 

 

 

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