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十一話

 

 

顔を上げてようやく視線を交えた。改めて向かい合うと、息が当たりそうなほど距離が近い。
昔と比べて随分と彼の背丈に近付いた。しかし何故か、自分が大きくなったというより叔父の身長が縮んだように感じる。
ただ待つだけの時間を噛み締めて、後ろに下がりたい衝動を必死に抑える。
「叔父さんはすごい人だから、色んな人と色んな関係を持ってるのは当たり前。分かるけど……
けど。その先が中々出てこない。出たとしても、幻滅されるような台詞だろう。黙っていた方が、きっと良い。良いのに……

「やっぱり嫌です。だって俺は、あの人より長い時間叔父さんのことを想ってた……

どうしようもない台詞だ。一緒に過ごした年月が全てじゃない。特別じゃないし、偉い訳でもない。
あの青年と同じ土俵に立つ材料が欲しいだけだ。自分が彼に勝てる要素なんて、それぐらいしか無いから。
恒成はそんな一季を眺める。そして表情を変えず、彼の額を指でつついた。

「何度でも言うけど、樹崎は恋人じゃない。一季は俺と彼、どっちの言うことを信じる?

彼は笑った。いや、口元だけだ。瞳に明るい色は一切見られない。
それでも卑怯だと思った。そんな言い方をされたら、答えは決まってる。

「叔父さん、です」

震える声で呟く。「いい子」と言われて抱き寄せられた。
やっぱり卑怯だ。そして自分は単純だ。もう、簡単に丸め込まれている。これこそ叔父の計算だったら……なんてことも考えたけど、疲れた。
保護された子どものように手を引かれ、結局叔父の家に二人で戻った。





「ご飯の材料買ってきてくれたんでしょ?

家に着き、上着を脱いだ。恒成は床に置きっぱなしの買い物袋を拾う。一季が買ってきたものだ。
中に入っているシチューのルーを見て、嬉しそうに微笑む。
「今夜はシチュー?
静かに頷く。この気まずさが少しでも払拭できるなら、料理でも何でもやろう。一季は袖を捲り、調理に取りかかった。
鶏肉を炒めて、カットした野菜を炒める。無心になれる作業には安心した。完成して、名前を呼ぶ時に逡巡してしまったけど。

「叔父さん、ご飯できました」
「お、ありがとう」

二人で席につき、いただきますと手を合わせる。一季はあまり味わって食べることができなかったが、恒成は美味しそうに食べていた。

「一季は、シチューを食べる時はパン派?
「え? う、うん」
「姉さんもそう。やっぱり環境によるかなぁ。俺の母さん……一季のおばあちゃんは、ご飯派だったんだよ」

へぇ。それは初めて聞いた。

「姉さんはご飯よりパンが良いって、よく母さんに怒ってたんだ。でもほら、母親と長女ってよく喧嘩するじゃない。他にも小さなことで言い争ってたよ。家族なら喧嘩するのは当たり前だと思うんだよね」

懐かしそうに目を細める。普段は聞けない家族の話に、一季は食べる手も止めて耳を傾けていた。

「俺と一季も、さっきは気まずくなれたもんね」

横向きで目が合う。まさかここでそれを蒸し返されるとは思わなくて、むせ込みそうになった。

「別に気まずくなりたい訳じゃないよ? でも俺ってこんな性格だからさ。適当に生きていても誰かとぶつかることって少ないんだ。ただ俺にとって大事な人なら……きっと余計なことも言っちゃうから、ぶつかることは有ると思う」

そう言ってから彼もスプーンを置いた。気まずさがまた舞い戻ってきた。

「俺、もうお腹いっぱいで……残り、後で食べます」

 

 

 

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