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3(八)

執筆:八束さん

 

 

 

腹の違和感で目が覚めた。
 目が覚めた……ということは、眠ってしまっていたのか。
 今何時だろう、と思ったが、身体を即座に動かすことができなかった。下半身がずん、と重だるい。こんなだるさは久々だった。昨日のライブ、そんなにいつもと違ったところは……
 そのとき視界の端に六夏の姿をとらえ、あっ、と記憶が巻き戻る。
 どうして忘れてしまっていたんだろう。
 うわ、やば。
 やったあとに眠ってしまうなんて今までほとんどなかった。それだけ……全部出し尽くす、みたいなセックスはどれくらいぶりだろう。最後の方は何だか、ほとんど自分の意思で動けなかった気がする。
 視線を下に移動し、違和感の正体に気づく。
 動きを封じるように、膝の上に六夏が馬乗りになっている。何……何やってんだこいつ……ていうか、違和感はそれだけじゃなくて……
 尻の中に、何か……挟まってる感じがする。
 手……六夏の手は、一体どこをさわっている……
 悠吾が目を覚ましたことに、たぶん気づいていると思うのに、六夏は目を合わせようとしない。ずる、と、ナカを何か、這う感覚に寒気がした。六夏の指が濡れて光っているのが見える。もしかして……さっきまであれが尻の中に……


「六夏!」


 思わず声を上げていた。
 そこで六夏はようやく顔を上げたけれど、それは今までに見たことのない表情だった。本当に六夏か、と問いかけたくなるくらい。怒りでもなく、笑いでもない。無表情なのは相変わらずだけど、それでも少しは漏れるものがあったのに、今は完璧に閉ざしている。言うならば、そう……
 人間らしくない、感じ。
 六夏は悠吾の声をなんて聞こえなかったみたいに、また視線を下に戻す。その手に握られていたものを見て、ぎょっとした。あれは……ローター……
 そう思ったのと、
「いし」
 と、六夏が呟いたのと、ほぼ同じタイミングだった。
 いし……? 意思? 石? 医師?
 突拍子なくて、変換が追いつかなかった。
 逃げるべき、だったんだと思う。
 突き飛ばしてでも殴ってでも。でも何故かできなかった。腕力ではかなわないはずないのに。
「いしをつめないと」
「は……
 六夏、と呼びかける。でも六夏には届いていないようだった。目が合う。でも六夏には何も見えていないようだった。一体何があったんだ。悠吾が寝落ちしている間に、一体何が。
「ちょっ……六夏、何してんだ、やめろって!」
 尻の穴をぐっと拡げられる感覚に、ぞわっと鳥肌が立つ。入れ……入れられてしまう……
 無理だ、と思った。先っぽを宛がわれてぐい、と力を入れられただけで、心理的なものなのか何なのか、まったく関係ないはずなのに何故か、えずきそうになった。自分の意思より先に全身が拒絶している。それでも一番大きいところを通り抜けると、あとはするん、と簡単に全部飲み込んだのが分かった。拒絶どころか、逆に招き入れるように収縮してさえいる。
「もうだいぶいっぱいになった」
「いっぱい、って、な……っ」
 ぐっ、と下腹部を押されて初めて気づく。今……入れられたもの以外にも、既に……奥に……何個か、ある……
 こめかみから冷や汗が伝う。嘘……一体、いつから……
 こいつ、一体何を考えているんだ……
「馬鹿な奴」と嘲笑ってくれた方がマシだった。ぼーっとしてるから寝首をかかれるんだ、と。でも唐突に六夏は、やっていることとは対照的に邪気のない、子供っぽい声を上げた。
「『そうねおばあさん、わるいオオカミには、おしおきしてやらないと。これいじょうひとをたべたりしないように』」
 六夏、と呼びかけることすらもうできなかった。糸が切れた操り人形みたいに項垂れた六夏の表情を、見ることができない。もともとちょっとおかしい奴だったけど、いよいよ本格的におかしくなってしまったんだろうか。
「ふ……ふふ……
 すると、突如、六夏の肩が揺れた。
「ふふふ……はは……ははははは!」
 まばたきするのも忘れて凝視してしまう。
「はは……あー……おかしい。悠吾、好きだよ、俺、お前のそういうところ」
「り、っか」
「お前ってさ、悪ぶってるけど根は素直でいい奴なんだよ」
 俺とは違って、と続いたであろう言葉。
 呆気にとられすぎて、尻に入ってるもののことも、一瞬忘れそうになる。
「幼稚園のとき、そういえば赤ずきんやったな、って思い出したんだよ。六夏ちゃんなら女の子より可愛いから、って。たぶん、先生に都合のいいように遊ばれててさ」
「は…………から何だってんだよ。それがこれとどう関係……つーか、何だよ、変なもん入れてんじゃ……
 言い終わるか終わらないかのところで、尻に振動が来た。
「ちょっ……てめっ、ふ、ざけんな、って……!」
 ローターとローターがこすれあう音が、ごりごりと大きく響く。実際の振動はともかくその音だけ聞くと、腹を突き破られてしまうんじゃないかと思う。
 痛い、気持ち悪い、吐き気がする……
 身をよじったときベッドの下に、何か、バラバラに散らばっているものが見えた。僅かに見える絵柄に見覚えがある。あれは悠吾のスマホケース……
 バッと六夏を見ると、気づいた? とでも言う風に六夏は笑った。
「察しのいい奴は好きだよ」
 咄嗟のことで顔を隠す間もなかった。カシャッ、と音がして、スマホで写真を撮られたのが分かった。
「やめろっ!」
「ねえ、どっちがいい?」
「何を……
「ローターでお腹ぱんぱんにしてアヘってるとこと、ちんぽ突っ込まれてアヘってるとこ、ばらまかれるとしたら、どっちがいい?」
 カシャカシャと音が響くたび、正常な思考も細切れにされていくみたいだった。
「ふ、ざけ……っ」
「『ハメ撮ってAVに売ってやる』よ」
 自分が言った言葉がこんな風に響くとは思わなかった。やばい。
 やばい、やばい、やばい……
 早く何とかしないといけないと思うのに、下半身に楔を打ち込まれたみたいに動くことができない。唯一自由になる手をばたつかせるしか。
「ああでもそれは流石に可哀想だからやめといてあげる。一応同じグループのメンバーだからさ。ちょっとは情がある。AVなんかより高く売れるところに売ってあげる」
「やだっ……やめろって、なあ! わる、かったから……さっきのは、ただの冗談、っつーか、ちょっとむしゃくしゃしてただけ、っつーか……お前が何やってる……とか、誰にも言わねーし、写真、とかも消すから……っ」
「ってもうとっくに消してやってるけど。あれ見て分かんない? つくづく馬鹿だな」
 バラバラになったスマホにちらりと目をやると、六夏は自分のスマホを操作し始めた。
 すると六夏はスマホを耳に宛がって、「……ああ、■■さん? んー、ごめんね、今日急に都合悪くなっちゃって。お詫びはまた後日させてもらうから。それでさあ、前に複数でやりたいって言ってたじゃん。いい相手見つけたんだけど。悠吾とかどう? 知らない? 嘘。グループのメンバーだよ。ライブ来てくれたじゃん。え、目に入らなかった? ひでー。どんな奴? って? 知りたい? ……こんな奴だよ」
「六夏! やだっ、お願い、やめてくれ!」
 六夏がスマホを近づけ……そしておもむろに、くるり、とひっくり返した。画面は……電源が入っていなかった。真っ黒の画面に、とても直視できない自分の顔が映り込んでいる。
……なーんて」
 安堵と、それでもなお引かない恐怖から、「あ…………」と声が漏れた。
「さっきさ、お前は絶対センターになれない、って言ったけど、訂正しとくよ。お前いっぺん、俺と同じことやってみりゃいいんだよ。そうすりゃ分かるだろ。……俺の気持ちが」
「え……あ、何す……あああっ!」
 振動がひときわ激しくなった。外まで漏れてしまうんじゃないかというくらいの音だ。壊れる。こんなのされ続けたら、本当に、壊れる……
 後ろなんていじったことない。後ろで感じられるらしい、って聞いたことはあるけれど、本当かどうかずっと疑っていた。……さっきの、六夏の様子を見るまで。
 めちゃくちゃにしてやる、と、思っていたけど、本当にその覚悟があったのか、と、六夏の中に入れた瞬間、そう問われたような感じがした。だから、六夏が感じていると分かって、正直、少し、ほっとした。一方的に犯しているんじゃない。俺たちは、そろって、堕ちていってる……
「六夏……だめ、も……苦しい、から……
「苦しい? 本当?」
 そっ、と、ちんこを撫でられた。やばい。この刺激は、やばい。キツくされたところに不意にこんな優しくされたら、簡単に感じてしまう……
 前が感じてくると、つられて後ろもぞわぞわしてくる。指の先からじわじわと迫り上がってくる感覚を振りほどこうと精一杯身体を動かす。でもきっと、感じて悶えている風にしか映っていない。
 ずく、と、強烈な快感が背筋を走った瞬間、
「もうやめてくれ!」
 たまらず声を上げていた。
「抜いて! お願いだから、もう本当に、これ以上は無理!」
「でも感じてるみたいだけど」
「それはお前がちんこさわるからだろ!」
「でも俺さあ、初めて後ろいじったとき、こんな感じなかったよ。悠吾ってもしかしたら素質あるんじゃないの? よかったね、アピールできるとこが一個見つかって」
「馬、鹿にして……っ」
「あ、ちょっと萎えちゃった。悠吾ってさ、褒められて伸びるタイプじゃないよな。せっかくいい感じになってたのに……ああそれとも、こんなおもちゃなんかじゃ物足りないって? ごめんな、気づかなくって。悠吾もナマで入れてほしいんだよな」
「はあっ? んなわけないだろ!」
「だったらそう言ってよ。おちんちん入れてほしいからおもちゃ抜いて、って」
 絶対言うか死んでも言うかと唇を噛みしめた。すると信じられないことに、六夏はさらにローターを入れようとしてきた。加減ってもんを知らないのか。無理。それ以上されたらもう、流石に……
 たまらず背筋を反らせて叫んでいた。「抜いてくれ! お願いだから! ち、ちんこ、そんなに入れたきゃ、入れていいから……っ!」
「入れていい……? 違うだろ」
 六夏の声色がぐっと低くなる。情緒不安定気味なこいつをこれ以上逆上させてはいけない、と観念する。
「入れて……ほしいから、だからこれ、抜いて……
 六夏は満足したように笑うと、ローターを一個ずつ引き抜いていく。引き抜かれるごとに、思わず息が漏れた。自分で言っておきながら、本当に今から入れられるのか……信じられなかった。往生際悪く、逃げ道がないか探してしまう。しかしそんな思惑を見透かしたかのように、最後の一個を抜く前に六夏がちんこの先を宛がってきた。
「ちょ……ちょっとまだ残っ、……ああああっ!」
 ぐっ、ぐっ、とものすごい質量がねじこまれているのを感じる。無理だ。さっきも無理だと思ったけれど、今回は本当の本当に、無理だ。
 手脚をばたつかせ、力の限り暴れた。怪我しようが何しようがかまうもんか。頭を打ちつけたとしても、腕を折ったとしても、そっちの方が数倍マシだと思った。
 何が何でも逃げる。六夏相手なら、本気を出せば負けないだろうという目算があった。でも……
「今さら遅いんだよ!」
 六夏の力は、悠吾を遥かに上回っていた。
 物理的な力……だけじゃない。たぶん、覚悟、のようなものが。
 バチン! と音がした。その音が一体何なのか……
 頬がじんじんと熱いのに、自分が何をされたのか、一瞬、分からなかった。
 六夏は容赦なく頬を叩いてきた。
 どれだけやんちゃしても顔だけは傷つけない……それは人前に立つ仕事をしている者同士の、暗黙の了解だったはずだ。それをあっさり、こいつは破った。
「お……まえ、何してくれんだよ……っ」
 はっ、と六夏は鼻で笑った。
「だってお前の顔なんか何の価値もないじゃないか」
「なっ……
 分かってるそんなの。あらためて言われなくたって分かっている。所詮ビジュアルじゃ六夏にかなわないことくらい、十分すぎるくらい分かっている。なのにどうしてこいつは、肝心なことは何も言わないくせに、一番言ってほしくないことに限ってわざわざ言葉にするんだろう。
 キッと睨みつける。目力だけでも負けてたまるもんかと思った。
 持久戦になるかと覚悟した。でも不意に六夏の力が抜けて、肩すかしを食らう。意地でも目を逸らせるものかと思っていたけど、別の意味で目が離せなくなってしまった。
……俺は顔しか価値がないのに」
……え?」
「俺は……顔しか見られないのに……!」
 六夏の唇がぶるぶる震えている。
「幼稚園の頃からそうだった。『六夏ちゃんは可愛い』『六夏くんはかっこいい』『君のビジュアルは売り物になる』『顔がいいからって調子乗んな』『顔がいいとすぐ売れるよな』……何をしても、どれだけ頑張っても……俺は……俺自身を見られたことがなかった! 俺が何を求めているのか、何を抱えているのか、誰も知ろうとしてくれなかった……! 何を……守って、きたのか、何を失いたくないと思っていたのか、誰も気づいてくれなかった……!」
 さっきからめまぐるしく表情が変わりすぎる。何を信じていいのか分からない。
 六夏が……泣いている。
 また、「なーんて」と言うんだろうか。「何でも本気にして馬鹿じゃねえの」とからかうつもりなんだろうか。でも六夏の震えは止まらなかった。ずる、と、ちんこが抜ける。最後まで残っていた忌々しいローターも抜き取って……
 自分はようやく、解放されたはずだった。でもさっきより重苦しいものが、胸にのしかかっている。
 ぱし、と、手首をつかむと、六夏は大袈裟に肩を震わせた。
「来いよ」
「えっ」
「入れたいんだろ。とっとと入れろよ」
 腰を動かしながら、くちづけた。これは……何のキスだろう。前戯じゃない。気持ちよくさせたいわけでもない。ただこれ以上、六夏の顔を見ているのがつらかった。きれいな顔が崩れていくのを見るのがつらかった。
「ゆ……ご、って……
「ん?」
「キスだけは上手いな……さっきも思ったけど」
「何だよ、キスだけって」
 ……ってか、『さっきも思った』のか。
 その言葉に、涙に、おそらく叩かれた悠吾より赤らんでいる頬に、身体の中心がずくん、と疼いた。再びくちづけると、「もういい」と制される。「何かさっきより雑になった」
「はあ?」
「やっぱり褒められると調子乗るんだよ、お前」
「じゃああとはお前が責任とって最後までやれよ」
 痛かった。
 冗談じゃないと思った。
 でも意地でも、痛い、と言うまいと心に決めていた。
 ゆっくりゆっくり、六夏が入ってくる。腰の動きは覚束なかった。入れられるのが初めてなら、もしかして入れるのも初めてなんじゃないか、と疑ってしまう。寄せては返す波みたいな律動。花びらみたいに胸に散っている跡。一体誰がこんな……ああそっか、さっき自分がつけたのか。そのひとつひとつに指を這わせると、振り払うみたいに動きが速くなった。さっきまでと同じ身体を相手にしているはずなのに、まるで別の身体みたいだった。
「はぁ……きっつ……お前、の、ナカ……
 当たり前だろ、と思う。こんなに痛い思いをしてるんだから。
「ちんこもぎ取ってやる」
 そこでふっと、六夏の表情が和らいだ。
「じゃあずっと……お前の中にいようかな」
 どうしてそんな顔で、そんなことを言うんだ。痛くて苦しくてたまらないはずなのに、満たされる悦び、みたいなものが、じわじわこみ上げてくる。
 六夏の動きが速くなる。
「ふ……っ、う……うっ……
 お互いの荒い息が重なっていく。さっきより、より切実に、なまなましいことをしている、という実感があった。
 あっという間に余裕がなくなって、もう止められないところまで来てしまった。今、たとえばマネージャーに……メンバーに……突然部屋の中に入ってこられたとしても、もう、やめることなんてできなかった。
「う、う、あ……あ、あ、あ……」と、声が途切れ途切れになる。もう駄目だ……と思った瞬間、六夏が腰を引こうとしたのが分かったので、ぐい、と引き寄せる。いいのか、という風に目が揺れた。あえて何も言わなかった。どうせもう保ちやしないだろう。ぐっ、ぐっ、と腰を押しつけるようにしながらアナルに力を入れる。これを……受け入れたら……
 何か分かるんだろうか。
 六夏のことが。
 ああどうして……六夏のことを分かりたい、なんて……
「あっ、……くっ、イくっ」
 六夏はびくびくと痙攣してイった。
 悠吾は……イったかイってないか、で、言ったらたぶん、イってないんだろう。
 でも何か大きなものを越えたような……もうこれ以上することはないような気がしていた。
「あ……はぁ……ま、だ、止まんな……
 痙攣しているのは自分のナカか、それとも六夏のちんこか、どっちかもはや分からない。分かるのは、波打つたびに六夏が染みこんでいっている、ということ。身じろぐたびに響くぐちゃり、とした音は、互いの粘膜が癒着している音なんじゃないかと思う。
 バラバラにされたスマホの残骸が目に入る。
 大切なものを壊されたような気がしていたけれど、自分の中にあったどうしようもないものを……壊されて当然だったものを……壊してくれたんじゃないか、と……


 再び唇を寄せながら、そう思った。