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2(七)

執筆:七賀

 

 

 

 生温い液体が膝の上に滴り落ちた。目の前には悦に入った様子の悠吾が佇んでいる。

 汚してやったぜ、ザマーミロ……なんて思ってるのかもしれない。この勘違い馬鹿野郎は。
「早く脱げよ。今度はお前のやらしー姿見てやるから」
 悠吾の言葉を聞き、六夏は黙って服を脱いだ。ズボンも下着も、身に付けていたもの全てが足元に落ちる。それを優雅に眺める彼の視線は不愉快でしかない。

(何も知らないくせに、な)

 悠吾が陰で努力してることは知っている。リハの前も後も、人知れず汗を流してること。メンバーの中で一番の努力家は?と訊かれたらすぐさま彼の名を上げるだろう。
 ……
だからこそ。メンバーの中で俺を一番嫌っているのも、悠吾だ。入って間もない奴にポジションを奪われ、日陰に追いやられたらそりゃ怨みも募る。
けどそっちこそ何も分かってない。俺がどんな思いで好きでもない奴らの相手をしているか……


「これで満足?」
「はっ、んなワケないだろ」
 軽く突き飛ばされ、後方のベッドに倒れる。何を言い出すのか待っていると、悠吾はさっきより低い声で囁いた。
「前と後ろ同時にオナって、こんな淫乱でごめんなさいって言え」
 頭沸いてんのか、と言い返したい。冷水を浴びせて目が覚めるのなら、滝の中に引きずり込んで縄で縛ってやりたかった。
 今の悠吾に話は通じない。だから……この場をやり過ごすなら、同じ「仲間」として仕事を続けていくのなら、彼の要望通りに動いた方がいい。満足させて納得させて、一旦でもいいから大人しくさせる。
 多分、俺が消えたところで何も変わらない。どうせこいつは新しい誰かに嫉妬して、生涯苦しむだけだ。ならその怒りの矛先も俺が陣取ってやる。希望も怒りも、絶望も喜びも、全部奪って。俺がいなきゃ何も残らない人間にしてやる。
「ふっ…………っ」
 ベッドに座って脚を全開にした。左手で慰めの自慰。右手は、まだ固いアナルにジェルを塗り込む。クチュクチュと醜い音が腰の前後で響いた。悠吾はそれを見て薄ら笑いを浮かべている。
「へー。本当に後ろ使うんだな」
 軽蔑と、僅かばかりの狼狽。この状況にビビっているのは間違いなく悠吾の方だ。けど今さら後戻りは出来ない。そんなの俺が許さない。退路を塞いだのは彼自身なのだから。
 俺を怨んで、俺に縛られて、どこまでも堕ちていけばいい。誰にも気付かれないよう二人だけの世界で。
 痛みしか走らなかったアナルも彼の視線が突き刺す度に緩和し、口を開く。勢い余って指の第二関節が潜り込んで、「ひあっ」という声が漏れた。そのとき悠吾も怯んでるのが端で見えて笑いそうになった。
……あのさ。入れたいなら、早く入れたら?」
「も、もう?そんないきなり入れたら裂けねえの?」
「避けたってお前には関係ないじゃん。それとも何、心配してくれてんの?」
 吐き捨てるように言うと彼は目を見開いた。ホントわかりやすいから、ホント馬鹿だとつくづく思う。何もかも中途半端なんだ。大した度胸もないくせに人を脅そうとする。その先の事なんて何も考えてないのに。
「あぁ、間違えた。お前が俺の心配なんかするわけないよな。ビビってるだけか。女遊びはしてても男を抱いたことはないから。今回に限ったら、完全に童貞だもんな」
 嘲笑を織り交ぜた、その一言は効き目があった。悠吾は眉根を寄せ、あからさまに不機嫌な顔でベッドに乗り上げる。そして六夏の顎を掴み、枕の上に押し倒した。
「今までみたくお姫様扱いしてもらえると思ってんならさ、その勘違い、身体ごとぶっ壊してやるよ」
 仰け反ったペニスを手加減なく握られ、乱暴に扱かれる。
「やっぱ顔だけは何もできないからな。代わりに見えないところは全部躾してやる」
「あっ、痛、い……っ!」
 体格はそう変わらないが、上からのしかかってこられると逃げられない。悠吾は六夏の乳首を甘噛みし、触れられる部分は全て爪を立てていった。
「思ったよりキレーじゃん。見境なくヤッてるからもっと跡とかついてんのかと思った。乳首もピンクだし。……って、それは関係ないか」
悠吾は自分の言葉に苦笑している。
「なぁ、今まで寝たヤツは皆上手かった?」
「そ、んな……最後までなんて、シてない……!酒飲まされて、フェラさせられたりとかはあるけど」
 正直に打ち明けた。やはり相手によってアナニーを求められることもあったけど、あくまで見せるだけ。生で性器を挿入されたことはなかった。
枕だって蔑まれようが、仕方ないじゃないか。お前らには分からない。
 業界全体に影響力を持つ人間の誘いを断ったら後でどんな目に合うか。タチの悪い奴に当たった場合は直接仕事に、事務所に、メンバー全員に響くんだ。下手したら俺のせいでグループの存続が危うくなる。

 

 グループの一員として貢献してる自覚はある。グッズの売り上げや自分宛のファンレターは目に見える指標だ。しかしそれがまた悠吾の怒りを買う。見られてなんぼの商売なんだから、そこは割り切ってもらわないと仕方ないけど。

 初めて会った頃は誰よりも世話を焼いてくれて、右も左も分からない自分を気にかけてくれた。

 悠吾は誰よりも歌や振り付けを覚えるのが早く、抜きん出た表現力で他のプロダクションからオファーがくることも多い。なのに現状で満足しない。とことんまで自分を追い詰め、地道に努力する。そんな彼を俺はひそかに尊敬していた。

 人種が違う。栴檀双葉と大器晩成の違いみたいな、成長スピードの問題だと思っていた。当然ながら得意とするジャンルも違う。人間なら誰しもどこかが突出して、どこかが窪んでいる。嫉妬なんて、ハナから間違った考え方だ。……なんて諭したところで彼は納得しないだろうけど。また、「できる奴の高慢な説法」だとか思って終わりだろ。

 

 グループの為に行動している……それは本当だ。俺も、彼も。自分だけがのし上がろうとしているのではなく、常にメンバーの事を考えているんだ。

 だから辛くても苦しくても差し出される手をとった。触れた瞬間身体中を侵されるような毒を感じても、入ったばかりの俺のせいで周りに迷惑をかけないように。

 

 それを悠吾は知らない。知って欲しいとも思わない。どっちにしても彼からしたら歯痒い話だから。自分が誘われなければ魅力が無いと悲嘆するし、俺が誘いを断ればプロ意識がどうとか、グループでやってる意味がどうとか、何かしらの文句を述べただろう。


「……ふーん。じゃあこの穴、俺のちんこが初めてってことか。それは悪くない。……かも」
 悠吾の性器は萎える気配がない。そのまま影が広がって、体重がかかる。後ろに衝撃が走った。
「あぁああぁぁっ!」
 硬い凶器で中を抉られた、という表現がぴったりだ。容赦なく俺の中に潜り込んで蹂躙する。熱と質量を持った肉棒が内側からドロドロに溶かしてくる。
「キッツ……ッ、お前の中狭すぎてもげそう」
 冗談なのか本気なのか分からないが、どちらにせよ反応することは出来なかった。呼吸が荒くなって手足をばたつかせていると無理やり押さえ込まれ、開いた口を彼の唇で塞がれる。思ったより柔らかくて、キスも上手かった。
「んん、んう……っ」
 腰の動きはずっと止まっていた。しかし依然として繋がったまま、接吻だけが延々と続く。今はちんこよりずっと気持ちいいけど、果たしてこの行為に意味はあるのか。頭の隅っこで考えていた。
 俺達は別に恋人でも友人でもない。テレビの中だけ、事務所の中だけ「仲間」なんて綺麗な言葉で形容しているけれど、本当は深いプロフィールもろくに知らない、赤の他人だ。
 そんな奴と憎み合い、肌を重ねている。世間なんてよく知らないけど、少なくとも俺達は馬鹿な世界に生きてると思った。
「六夏。もう俺以外の奴に股開くなよ。お前を好き勝手していいのは俺だけだ」
 悠吾は額に汗を浮かべながら口角を上げた。
本当に、どうしようもない勘違い野郎だ。俺が今まで誰の為に服を脱いでいたかも知らないで。
 そう思ったら、何のために頑張っているのか分からなくなった。俺が守りたかったのは俺達のグループか、自分の立場か、それとも……


「なぁ。俺がいなくなったら、嬉しい?」
 融けた思考が身体を汚す。六夏が虚ろな瞳で問うと、悠吾は鼻で笑った。
「わかりきったこと聞くなよ。嬉しいに決まってんだろ」
 激しい律動が始まる。ベッドは壊れそうなほど軋み、耳障りな音を立てた。
「あっ、いやぁっ!悠吾、速い……っ!」
 正常位で、悠吾は女性を抱く時と同じスピードで六夏の奥を突いた。女にできたらいいと思っていた。このまま突く度に彼の身体が変わったら面白い。胸が大きくなって陰茎がなくなって、精子を中に出したら何か孕めばいいのに。
そんな事で人ひとり手に入れた気になってる。……自分は本当に馬鹿だ。
「アイドルのお前なんて、死ねばいいのに」
 ぼそっと呟いた。せめて違うグループで、違う業界で、違う場所で出逢えていたら。こんな無意味な嫉妬を繰り返していなかったかもしれない。
「一般人に戻って、ってのは無理だけどさ……っ。夜の、ベッドの中ぐらい全部忘れてもいいじゃん。邪魔なもん全部棄てて、お互い裸になって、気持ちいいとこ擦り合ってれば……大体のことはどうでもよくなるだろ」
 繋がった部分が火傷しそうなほど熱い。自分ですら熱くて死にそうなんだから、  六夏は既に融けてしまった感覚なんじゃないか、と密かに思案する。

 

 悠吾は六夏の腰を掴み、片手で彼の性器を擦った。六夏はさっきから喘ぎ声しか上げず、上顎をガクガクと揺らしている。震える度にビクンと跳ねる陰茎が男であることを思い出させるけど、それ以外は性別なんてどうでもよかった。白い肌、華奢な手足。いや、女とか男とかじゃなくて、六夏をめちゃくちゃにしてやりたかっただけだ、と思い直す。
 男と寝てるのか。ドン引き……と思った自分がいたのは事実。しかし同時にチャンスだと思った。言葉のいらないセックスは、楽だ。
可愛いからムカつく。ムカつくから強く突く。泣かせて、何も分からない状態にリセットする。それは、気が狂いそうなほどの快感として悠吾を襲った。
 シーツは大量の水でも零したような染みをつくっている。メンバーやスタッフが帰ってきてこのベッドを見たら蒼白になること間違いなしだ。
バレても、何かもう……それはそれで楽しそうな気がする。

 

「六夏。気持ちいい?」
「う、あ、あぁ……っ」
 いつもの仮面のような顔を剥がし、真っ赤になりながら泣き叫んでいる彼を見ると。
 あぁ、もっと、もっとって虐めたい。誰にも触らせたことのない部分を鷲掴みにして、雁字搦めに縛って、鍵付きのガラスケースにでも閉じ込めてやりたい。そしたら堪らなく気持ちいい。
 限界まで尖った赤い乳首を指で引っ張った。ちょっとの刺激で中も収縮する、そのループが楽しくて六夏の身体を好き放題に弄る。
「中で出していい?」
「いい、いいから……お願い、イかせて……っ!もう、苦しいっ」
 六夏は自分から腰を動かし、俺の腹に打ち付けるようになった。これで生は初めてって、大した淫乱だな。

 陰嚢まで先走りが垂れて、まるで粗相でもしてしまったような不快感があった。ぐちゅぐちゅに濡れて気持ち悪いけど、混ざり合ってひとつになったようで気持ちがいい。水と油が同化することはないけど、自分達は特殊な水槽に閉じ込められた存在の気がした。
 どちらか一方が動けば、その振動が直に伝わる。離れたくても離れられない粘着力のある液体が絡みついている。
「悠、吾……っ?」
 すぐ横の、幅広い窓ガラスが目に入った。今、六夏をそこのガラスに押し付けて、この痴態を日本中に見せつけてやりたい。男に抱かれてる時はこんな顔をしてるんだって、こんな風に腰を揺らすんだって。
 国民的アイドルも、醜い部分を晒してセックスする。俺達はあくまで虚構の存在なんだって、思い知らせてやりたい。
 当然そんな事はできないから、ベッドの上で六夏という人間を壊す。
「中で出す。いいよな?」
 なんて訊ねて、意地が悪い。答えなんかハナから待ってない。驚いた顔の彼を無視し、今までで一番激しく、届く限り奥に汚い欲望をぶちまけた。
「あぁ……っ!」
 悠吾も生でセックスをした経験は無かった。性病も恐ろしいし、女性とはできるだけ慎重に肌を重ねたつもりだ。
 それが今、何ともあっさりと幕を閉じた。守るべき理性や道徳を、一応誰にも気付かれないように……ティッシュで包んでゴミ箱に捨てた気分だ。
 六夏を抱いた。
 まだ快感の余韻に浸り、肩を上下に動かす彼から性器を引き抜く。
 汗で額に張り付いた髪を手ぐしで梳き、唇を重ねた。そのキスの意味は悠吾自身分からなかった。とりあえず抱いた後の社交辞令だ。ここまで抱き倒したらキスしてやらないといけない気がする。
「六夏……っ」
 そのまま、彼の隣に寝た。服を着る元気はもちろん、シャワーを浴びる余力も無かった。起きたらすぐに身支度して、皆にバレないように部屋を片付けよう。波のように押し寄せる眠気と倦怠感から悠吾は瞼を伏せた。

 

 

 

 


 時針が進む度見えない溝が深くなる。
 足元を見ないまま進めば奈落の底に真っ逆さま、容赦なく誰かの命を奪う。
 バキン、という破壊音が部屋に響いた。床に散乱する金属の部品は、悠吾のスマホだ。だが今はスマホと呼ぶには難しい形状をしている。
力いっぱい踏み付けたら鼓膜が破けそうな音だった。起きるかとヒヤヒヤしたものの、悠吾は一向に目を覚ます気配がない。
 形勢逆転という言葉が六夏の脳裏に浮かび上がる。未だ熟睡して、あられもない姿で寝ている悠吾の前に佇んだ。
 床に転がる、ジェルの入ったボトルを拾ってベッドに乗り上げる。そして寝ている彼の脚をそっと広げた。
 セックスしたばかりの、つんとした匂いが鼻腔をくすぐる。柔らかい内腿の奥の、隠れた入口。そこに指を這わした。
「お前って、ホント正直で、可愛くて、……馬鹿だよな」
 悠吾は、俺がいる限り躍起になってアイドルを続ける。これからも……なら、少しでもやりやすい様に、彼の弱味を握りたいと思っていた。


それが今夜叶いそうだ。六夏は期待に喉を鳴らし、眠る悠吾に覆い被さった。