樹崎の前に立ち、一季はできる限り凄んで話した。ピリピリとした空気が肌を傷つける。そうさせたのは自分自身だと分かってるが、今さらどうしようもなかった。
敵対心むき出しの自分に驚いてるのか呆れてるのか、樹崎は困った様子で恒成に視線を送っている。それがまた癇に障った。突っ込むことはできないけれど。
「落ち着いて、一季。ごめんね樹崎くん、いつもはもっと普通の子……なんだけど」
「大丈夫ですよ。本当なら俺が謝らないといけないぐらいですから。……でも、謝る気はありませんけど」
樹崎は恒成に笑いかけると、今度は一季の耳元に囁いた。
「君も同性愛者なんだよね?
さっきから俺に怒ってるけど、恒成さんのことが好きなの?」
久しぶりに、ぞくっとした。視線とか声音とか、距離感に慄いたわけじゃない。ただ彼の台詞の続きに、「君みたいな人が?」って付属してる気がした。
何に関しても下に見られてるようだ。腹が立つけど、一旦頭を冷やすことにした。
「怒ってたのは、貴方が叔父さんに変なことをしていたからです。それ以外のことは別に……貴方にも、叔父にも、変な気持ちは持ってません」
「あぁ、そうなんだ。でも君の言う“変なこと”は、俺にとっては挨拶みたいなものだけど」
彼はおどけながら恒成の肩に寄りかかる。その様子は、とても仕事の関係には見えなかった。遠慮なんて微塵も感じられない。悪い冗談、悪い夢だと思いたかった。
「恒成さんって優しいんだよね……だから仕事終わりに軽く寝ることもあるんだよ」
「ね、寝る?」
すぐに意味が理解できなかった。……のは自分が子どものせいか。それとも認めたくない対抗心からか。どちらにせよ、現実を叩きつけられるのは早かった。
「言っても分からないか。俺達は身体の関係を持ってるってこと」
分かりやすい言葉が頭の隅々まで浸透していく。
でもまさか、という考えが沸き上がって、また消滅する。その繰り返しだ。
叔父の驚いた顔、樹崎の勝ち誇った顔。交互に見てふと気が付く。今自分はどんな顔をしているのか……これ以上見られたくもなくて、気付いたらその場から足早に逃げ出していた。
「一季!」
名前を呼ぶ彼の声が聞こえたけど、聞こえないふりをして家を飛び出す。
何も逃げる必要なんて無い。それでも脚は止まらなかった。単純に樹崎の顔を見ていたくないだけと言い聞かせて、一季は駅へ走った。
同時刻────家に残った恒成は隣に佇む樹崎をわずかに睨んだ。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか」
「当たり前だろう?
君とは一回きり。それに最後までしたことはない」
「でも人が知らない部分を知ってる。互いに見せ合ってる。嘘ではないでしょ?
セックスやオナニーって、単に身体を擦り付けることだけじゃないと思うんですよ……なんて、物書きさんに言ったら怒られますかね」
樹崎はまるで悪びれた様子がない。恒成は自分でも珍しいと感じるほど大きなため息をついた。
樹崎も、一季とは違った意味で手のかかる存在だ。いや、悪知恵が働くぶん一季より厄介かもしれない。
「ね、恒成さん。続きシましょ?」
細く長い指が唇に触れる。力いっぱい払ったら折れてしまわないか不安に感じ、手首を掴んで動きを奪った。
「俺にとって、君も甥も変わらないよ。守る対象だとしても抱く対象じゃない」