7話

 

 

出だしからずっこけてしまい、ちょっとヘコむ。
俺が止めたい活動の全権を持ってるのは会長だ。彼に納得してもらうのが一番の近道。だと思ったけど、都先輩は苦手だなぁ……。にこりとも笑わないコワスなのに、会長より生徒会室にいることが多いから遭遇率も高い。
晶と胸ぐらを掴み合った後、自分の教室へ向かった。誰もいないかと思ったけど、そこには運良く笠置先生がいた。
「先生、おはようございます」
「おぉ、早いな籠原。おはよう」
ちょっと気分は落ちていたけど、先生の笑顔を見たらテンション上がってきた。俺って単純すぎる。
「先生の趣味って何ですか?
「んー? そうだな。国内旅行?
「好きな食べ物は?
「ラーメンとか焼肉とか……?
「じゃ、好きなタイプは」
誰、と言おうとした瞬間に口を手で塞がれた。何か良くない雰囲気だけど、触れられてるだけで嬉しくなる俺はやばい。
でも案の定、笠置先生は怖いぐらいの無表情で俺を見つめていた。

「色々訊いてくれるのは嬉しいんだけどな、籠原。もう皆が来る時間だから」

パッと手が離れる。そのわずか数秒後にクラスメイトが教室へ入ってきた。くっ、この二人きりの短さ。

「笠置先生、俺先生のこと諦めませんからね」
「ん~……ありがとう。その情熱を次の期末テストにも注いでくれよ?

先生は軽くウィンクすると、教室から出て行った。うん……。うん、かっこいい。ただそこに居るだけで目の保養だ。
「籠原おはー。何ボーッとしてんの?
「あ、別に。おはよう」
隣の席の友人に声を掛けられ、慌てて笑顔を繕う。俺が今どんな事を考えてたのか、彼は知らない。絶対知られてはいけないから、「普通」の皮を被って今日も過ごす。



「千草! 生徒会室行くんだろっ?

放課後になって、俺が動くより先に晶が教室に入ってきた。無論そのつもりなので頷くと、彼は俺も行く! と高らかに答えた。他人事だと思って楽しんでる。

「再戦、ていうよりは仕切り直しか? 今度は会長居ると良いな?
「うん。てか会長って普段どこに居るのかな? よく考えたらあんまり生徒会室には居ないよね」
「部活……は、あんま行かないらしいからな。三年生の廊下を徘徊してんじゃない? 行けば会えるかもよ!
「そんな意味の無い徘徊するかよ。NPCじゃあるまいし、テキトーなんだから」

のほほんと笑ってる晶にため息をつき、ひとまず廊下を歩く。その途中で何度もすれ違った。
ぎゅっと手を繋ぐ二人。意味ありげに何度も目配せしてる二人。肩を寄せて、……体を密着させている二人。
幸せそうだ。人目を気にしなくていい、ここは幸せな場所。環境。「良いね」って思う傍ら、笠置先生の言葉が蘇る。二般人が幅をとることで一般人が隅っこに追いやられる世界。それは本当に正しいのか?
いや、間違ってるとも断言できない。だから分からなくなる。
「なぁ、晶は男も好きになれるんだよな?
「んん? ……まあ、そーね。嫌いじゃないよ」
彼は見開いていた眼をわずかに細める。しかしアバウトな回答だ。それだとバイに当てはまる。

「勝手に……“そういう環境になってくのは別に良いと思うんだ。男同士でも笑って手を繋げる世界。素敵だと思う。よく考えたら俺達が何もしなくたって、人が、時代が変わってくじゃん。
今だって五年前や十年前に比べたら同性愛者にとって生きやすい世界になってるんだろ? だから何も頑張らなくていいし、そもそも俺達がどうこうできる事じゃないと思うんだ。ただ自分達のことだけ考えてちゃいけないと思う。誰かが真ん中を歩くせいで誰かが端に追いやられるのだけは、絶対」

我ながらずいぶん長く語ってしまった。晶は何度も瞬きして、今の言葉を理解しようと頑張ってるみたいだった。
「悪い、今のは一世一代のポエムだ。忘れて」
「ほお。良いんじゃね? 七割分からなかったけど、残り三割は……お前が言いたいこと、何となく分かるよ」
何が、誰が正しいかじゃない。ボーッと突っ立っていても環境は変わるんだ。わざわざ干渉しなくたって、わざわざ導いてやらなくたって、人は勝手に何とかする。勝手に幸せになる。

「この学校だって、俺達が卒業して十年経ったらどうなってるか。分からないよな。健全な友情しかないかもしれないし、過激な恋情しかないかもしれない」

晶は茶化すように踵を鳴らした。けど間違いではない。その頃には国で同性の結婚が認められてたり、とか……絶対にないとは言いきれない。

「千草、俺さぁ。この学校に入るまでは、男同士とか絶対やばいと思ってた。殺されるって意味だよ。アウティングしたら一気に晒し者にされて詰むだろ? そういう意味では、この学校ってか会長の試み、ちょっとだけ良いなって思ったんだ」