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八話

 

 

身体の関係が欲しかったわけじゃない。けど好きな人とひとつになれたことは謎の自信に繋がる。
悪い言い方をするなら、過信だ。よく「一回寝ただけで彼氏ヅラして……」って言うアレ。俺はそんなつもりはないけど、少なくともエッチをしたということは大人として認めてもらえたということ。それは長年の夢が叶ったと同じぐらい嬉しかった。

「お疲れ様でした! お先に失礼します!

金曜日の夜、一季は笑顔で退勤した。今日はこれから恒成の家へ行く予定だ。年甲斐もなく弾んでスキップしてしまう。
(
今夜は叔父さんの好きなシチューを作ろう )
スーパーで必要な食材を購入し、預かっている鍵を使って叔父の家に上がった。いつもなら薄暗い廊下の先に、明かりが点いている。珍しくリビングで作業をしてるのかと思い、早足で向かった。

「叔父さん、こんばんはー……

意気揚々と顔を出す。しかし最後まで笑顔を保つことは出来なかった。
一季が踏み入れたリビング……そこでは恒成が床に仰向けで倒れ、その上に知らない青年が覆い被さっていた。
強盗とか喧嘩の最中とか、思いつく可能性を一瞬のうちに複数上げた。しかしそのどれも当てはまらない。何故ならその青年は服がはだけていて、ずり落ちたズボンの位置には叔父の手が添えられている。目眩がした。

……君、誰?

「え」

しかもあろう事か、青年はこちらを不審な目で見てきた。邪魔者扱いを受けてることが分かり、さらに困惑する。

「あー……樹崎くん、どいて。俺の甥だから」
「甥? へえ……全然似てませんね。まぁそれが普通か」

叔父の苦言を聞き、青年はしぶしぶ身を引いた。乱れた衣服を直し、一季のことをじっと見つめる。
「叔父さん、誰ですかこの人?
遅ればせながら怒りのボルテージが上がってきた。青年に指をさして叔父に尋ねる。すると彼は頭が痛そうに肩を竦めた。

「前から世話になってるWebサイトの編集者さんだよ。樹崎織馬くん。一季より四つ上かな?

はぁ? 変な名前。
いや、人の名前に関してどうこう言うのは最低だけど、それより彼の第一印象が最悪。イケメンで小綺麗な雰囲気。でもどこか人を見下した目付きで、無性にムカムカした。
「恒成さんにこんな大きな甥っ子さんがいるなんて知りませんでした。一季君だっけ。どうも、初めまして……
樹崎はさっきの事など無かったように名刺を取り出してきた。一応受け取るも、怒気を含めて睨みつける。

「あの! さっき、叔父に何しようとしてたんですか?
「こらこら、一季」

叔父が困ったように手を上げる。しかし構わずに臨戦態勢をとった。
「叔父さんがお人好しで警戒心ないからって、変な真似はやめてください! 襲われてることにも気付かないほど鈍感なんですから!
途中何度も「失礼」という単語が頭をよぎる。仕事付き合いの相手なら叔父にも迷惑がかかる。が、止められなかった。心臓が破裂しそうなほど脈を打つ。
最悪腹を切る覚悟で返答を待っていると、青年は可笑しそうに手を叩いた。
「あはは! すごいストレートにくるね。君は恒成さんのこと好きなの?
……っ」
馬鹿にされてることはよく分かる。当たり前だろう、いきなりこんな激昂すれば……わざわざ訊かなくても答えは分かってるはず。
しかしこちらも素直に「はい」とは言えなかった。既に失礼な絡み方をしているとはいえ、自分が同性愛者だと認めれば叔父の印象も悪い方に左右される。困り果てて唇を噛むと、叔父が間に割り込んできた。

「はいはい、もうやめ。樹崎くんも一季をからかわないの」
「はは、すいません。あんまりにも必死だから。えぇ、……可愛くって」

( ……!? )

叔父と樹崎のやり取りを放心状態で眺める。今の状況で妥当な言葉が見つからず、説明を待つことしか出来ない。仕方なしに黙っていると、叔父の口から衝撃の事実を聞かされた。

「大丈夫だよ、一季。樹崎くんは俺が同性愛者だって知ってる。彼も同性愛者だからね」
「は……っ」

慌てて樹崎の方を向くと、彼はにっこり微笑んだ。いやいやいや、ちょっと待て。まだ安心はできない。何故なら、

「同性愛者ってことは尚さら下心があるかもしんないじゃないですか! ハッキリ言わせてもらいますが、叔父さんは十年前から俺のものです!!