6話

 

夜に染まり始めた空を見上げながら、見慣れた通学路を歩いた。
学校を出てしばらく経つのに、まだ笠置先生に言われた言葉が頭に絡みついている。

『男同士のカップルを増やすなんて認可できるわけないだろ? もしそうなれば一般生徒が肩身の狭い思いをしなきゃいけなくなる』

確かに、ごもっとも。それは俺も前々から思っていた。だから生徒会の恋愛推進活動みたいなヤツはなくなっても構わない。
ただそれを俺一人の力で止めるのは至難の業だぞ。……笠置先生が本当に俺と付き合ってくれる保証も無いし。
実は俺を諦めさせる為に、わざと無理難題を突きつけたのかもしれない。
(
でもそれなら、俺が逃げた時に引き止めたりしない……? )
笠置先生が何かしらの悪意を持って提案してきた、とはあんまり思いたくない。色々考えた上でこの条件を持ちかけたのなら……俺もちょっと頑張ってみようかな。

翌日、いつもより早く学校へ向かった。

「笠置先生、おはようございます」
「お。おはよ、籠原」

運良く廊下で会えた。笠置先生は爽やかな笑顔で片手を上げる。

「先生、昨日のことなんですけど……色々悩んだ結果、俺はやっぱり生徒会の皆を説得して、カップル作りを止めさせます! それができたら、俺と付き合ってもらえますか?

細かく言うと、生徒会の皆、というのは間違いだ。生徒会長、というのが正しい。
心の中で訂正とお詫びをしていると、先生はにこやかに頷いた。
「あぁ、もちろん。約束するよ」
良かった……!
密かにガッツポーズして、弾けそうな喜びを押し殺した。
「期限とかは無いですよね? じゃあ俺、さっそく会長に直談判してきます!
「あぁ……いきなり言って大丈夫なのか?
「大丈夫ですよ。放課後に生徒会室に行くので、終わったら結果をご報告しますね!
俺はもう、この時にはルンルン気分だった。笠置先生さえ約束を守ってくれたら、後は会長に頭を下げればいいだけだと思って。
ところが、現実はそんな甘くなかった。

「千草ー! 今日生徒会行く?
「晶。うん、会長に用事あるから」

放課後、生徒会室へ向かう途中晶と鉢合わせた。でもこれはこれで心強い。味方は一人でも多い方が良いと思い、彼に今からやろうとしてることを伝えた。
「この活動をやめる? はぁー、俺はかまわんけど……会長が許すかね? 十中八九聞いてもらえないと思うよ」
「許してもらえなくても、俺は会長を止めないといけないんだ。その為なら何でもする。靴も舐めるし裸踊りもする」
「人権って大事だよなァ……
そんなやり取りをして、生徒会室に辿り着いた。一呼吸置いてから勢いよく扉を開ける。閑散とした部屋の中央にいたのは生徒会長……ではなく、俺達の一個上の先輩。

「都先輩、おつかれ様です」
「あぁ、おつかれ」

晶がすぐに挨拶してくれたおかげで、俺は少し呆けてしまったことがバレずに済んだ。
部屋に居たのは生徒会の副会長、都修司先輩。眼鏡をかけていて、言っちゃ悪いが取っ付き難い人だ。感情の起伏が少ないせいか、俺はあまり得意じゃなかった。
「都先輩、会長って今日は来ませんか?
「あぁ、今日は部活に参加してるから来ないと思うよ」
そうか……
それならしょうがない。諦めて帰ろうと思ったけど、

「都先輩、千草がもうカップル作りはやめたいって言ってるんです。あ、違うな……生徒会全体でやめさせたい、だっけ?

晶の台詞に全身の血の気がひく。誰に話しても副会長には話したくなかったのに。やっぱり彼に話したのは失敗だったか……
思ったとおり、都先輩の顔つきは険しくなる。氷のような視線の貫通力は凄まじく、蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまった。冷や汗が止まらない。

「やめさせたい? 千草君、それどういうこと?
「ウッ違うんです、最近いろいろあって疲れちゃって、人の役に立ててるのかどうかも分かんなくなっちゃって、もちろん立ててるならこれからも頑張りたいんですけど」

三分後、俺は晶と共に生徒会室を出た。

「何が靴も舐めるだよ。いくじなし」

「うるさい!